「ええ湯やねぇ」
「ほんま、久々に来たけど気持ちええわ」
「たまにはこんなんもええわぁ」
皆、嬉しそうに風呂に入っており、麗もまた達成感があった。
昨夜のうちに、店舗で働くようになってから温めるようになったピンチヒッター制度を纏め、人事部長に提出もしたのでひとしおである。
「私、この前下見で初めて銭湯に入ったんですけど、露天風呂まであるんでびっくりしました」
ふぅーーーー、と麗は体の芯から温まる感覚に身を任せた。
「ええ! 麗ちゃん、銭湯まだ二回目なん?」
「そらそうよ。麗ちゃん、我らが佐橋のお嬢様やで」
「ちょっ!」
「あっ!」
麗の出自を思い出したパートさんたちの気まずげな沈黙が流れる。
「あはは、私はご存知の通り愛人の娘で、その上母は場末のホステスってやつで、佐橋の家に引き取られるまでは結構な貧乏ぐらしでしたので、スーパー銭湯どころか温泉ですら小学校の修学旅行が初めてという具合なんですよ」
「佐橋が憎くないん?」
石田さんの言葉に麗は苦笑した。
「父のことはわりと憎んでいますが、佐橋の服。私、大好きなんですよ」
麗はお湯の中で三角座りをした。
「子供の、まだ自分が愛人の子だって知らなかったころ。ときどき帰ってくる父は私に佐橋の服を沢山持って来てくれました。それがすごく自慢で……」
今思えば、ボロアパートに住んでいるくせに服だけは豪華な変な子供だった。だからいじめっ子達にやっかまれて色々言われたのだろう。
それでも、麗は佐橋児童衣料の服を着て、髪を可愛くくくってもらうのが好きだった。
「佐橋の子供服を買いに来る人って、不幸な人はなかなかいないじゃないですか。皆、幸せそうで。私、その幸せのおすそ分けをしてもらえる気分になるので、私、子供服も接客も好きなんです」
(そうだ、そういえば、私、接客が好きだったな……)
姉に本社で働くように言われたので、本社にいたが、そうだ、麗は接客が好きだった。すっかり忘れていた。
「……そう言えば私も、接客結構好きやったわ。でも今どき、次の子はー? とか聞いたらあかんとか色々怒られて面倒になってしまってたなぁ」
「そうそう、どうせこの店潰れるやろうしっておざなりになって、商品の良さとかさっぱり忘れてた」
「確かに。今日来てよかったわ。ありがとう、麗ちゃん」
そう言われて、背中を叩かれ、麗は首を横に振った。
「お忙しい中、参加してくださって、ありがとうございました。明日からはいよいよ閉店セールです。ラストスパート、よろしくお願いします」
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