テラーノベル
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「……いいのかな。本当に、こうして歩いても」
玄関の鏡の前で何度も服装をチェックして、深呼吸を繰り返す。
公表してから初めてのお出かけ。
今までなら、元貴さんの数歩後ろを歩くか、顔を隠して別々に移動するのが当たり前。でも今日、元貴さんは「普通にデートしよう」と言って、私の手を取ってくれた。
「元貴さん、本当にいいんですか? マスク、外しても」
不安でつい聞き返してしまった私に、元貴さんは少しいたずらっぽく笑って「だって、僕は君の恋人なんだから」と答えた。その言葉の力強さに、私の胸の鼓動はさらに速くなって。
車を降りて、外の空気に触れた瞬間。
ギュッと、大きな手が私の手を握りしめた。
今まで、スタジオの暗がりのなかや、誰もいない車内でしか繋げなかった手。
明るい陽光の下で、誰の目も気にせず指を絡めることができる。それだけのことが、信じられないくらい特別で、涙が出そうになるほど幸せだった。
「元貴さん、見てください! あの花、すごく綺麗」
「本当だね。らんちゃんの方が綺麗だけど」
「もう、すぐそういうこと言う……!」
公園の並木道を歩きながら、なんてことない会話で笑い合う。
時折、驚いたような視線を感じることもあったけれど、元貴さんは少しも怯むことなく、むしろ見せつけるように私の肩を抱き寄せた。
「応援してます」と声をかけてくれたファンの方の温かい笑顔を見たとき、やっと「私たちは受け入れてもらえたんだ」と、肩の力が抜けていくのが分かりました。
カフェのテラス席で、ずっと食べたかったケーキを頬張る。
向かい側に座る元貴さんは、スマホで私の写真を撮ったり、私の食べっぷりを見て目を細めたり。
「……ねぇ、らんちゃん。僕、今、世界で一番幸せかもしれない」
その言葉は、私の心の奥の一番柔らかいところに、すとんと落ちてきた。
隠されていたあの日々も、元貴さんの愛を感じていたけれど。
こうして誰かに祝福されながら、大好きな人の隣で胸を張っていられる今は、言葉にできないほど眩しくて。
「元貴さん、生クリーム、鼻についてますよ」
クスクス笑いながら指先で拭ってあげると、元貴さんはその手を捕まえて、私の指先にそっと唇を寄せました。
周りに人がいるのに、と顔が熱くなったけれど、もう隠れる必要はないんだと思い出して、私は繋がれた手に力を込めました。
「私も、世界一幸せです」
5年前、石川の空を見上げていたあの日の私に教えてあげたい。
あなたの勇気は、こんなに素敵な未来に繋がっていたんだよ、って。
これから元貴さんと歩くすべての道が、光で満たされているように感じた、最高の休日だった。
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