『大森さん、大変です!!藤澤さんがトラックに撥ねられました!!』
マネージャーから連絡が来た。
持っていたスマホは力が抜けた手から滑り落ち、俺はその場にへたりこんだ。
夜遅くにかかってきた電話。
まさかの内容に唖然とするしかなかった。
”フジサワサンガトラックニハネラレマシタ”
え?どういうこと?
落ちたスマホから何か聞こえてくる。
震える手でそれを拾い上げ、耳に付ける。
「りょ、涼ちゃんは….?」
『まだわかりません。今マネージャーの一人が病院に行って確認してます。』
「どこの病院?!俺も行く!!」
『チーフが今車でそちらに向かっています。準備しておいてください。』
「分かった….。」
電話を切って、あたりを見渡す。
「えっと、とりあえずスマホと家の鍵と….。」
ふと、リビングのソファーが目にとまった。
”このソファーいいよね!僕も同じの買おうかなあ”
”涼ちゃんマネして買うのやめてよー。メンバーで同じものとか恥ずかしいじゃん”
”バッグはごめん。欲しかったんだもん。でも、ソファーは人に見せることそうないじゃん”
”絶対若井がイジッてくる”
”しょうがない。元貴の家に来て寝落ちさせてもらうかぁ”
”寝落ちするために俺んち来んな”
”あはははは”
「…..。」
涙が溢れてくるが、今は感傷に浸ってる場合じゃない。着替えてから最低限の荷物を持ってマンション前で待ってると、黒い乗用車が止まった。チーフマネージャーの車だ。車に乗り込むと
「元貴君ここで待ってたの?!危ないから中に居てよ。」
「ごめん、待ちきれなかった。涼ちゃんの様子は?」
「命に別条はないらしいけどまだ詳しくは分からない。」
「命に別条はない….。よかった….。」
とりあえずホッとした。
「最初撥ねられたって聞いたけど、実際は接触みたい。でもトラックだからね。」
「若井は?」
「迎えに行かせてる。病院で合流できると思う。」
病院に着くと、夜間出入口で事務所スタッフが待っていた。
「こちらです!」
エレベーターの乗り込み、スタッフは最上階のボタンを押す。
「トラック運転手は過労でぼんやりしていたそうです。それで、ランニングしていた藤澤さんを引っかけてしまい….。幸い酷い外傷はなく骨折もないそうです。運ばれる時も意識はあったようで、病院でも一度意識を取り戻してはいるんですが、その、もしかしたら頭を打った可能性も….。」
言い淀むスタッフに既視感を覚える。
これって、アニメや小説でよくあるようなパターンじゃない?
「記憶喪失….とか?」
ポツリと言うと、スタッフは驚いた表情をした。
「そうなんです。記憶喪失は日常生活に困ることはない程度なんですが、何故かMrs.の事だけが….。」
Mrs.のことだけ….?
「一応CTだけではなくMRIもしてもらったんですが、今のところ異常はないそうです。念のためしばらく入院ということになりましたが、経過が良好である場合は自宅療養に切り替えることができるそうです。」
「Mrs.の事だけ忘れてるってことは、ハタチからのMrs.の記憶がごっそりないってこと?」
「全部というわけではなく、”そういうバンド活動はしていたようだ”ぐらいは覚えていたようです。」
涼ちゃんのくせになんでそんなベタな展開を….。いや、涼ちゃんだからか。
最上階に着いた。いくつかある部屋の前を通り過ぎ、一番奥の部屋の前へ。
「今は眠ってると思いますので、静かにお願いします。」
俺は頷き、扉を開いた。
ベッドに静かに横たわる涼ちゃんの姿があった。
もっといろんな管につながれてるかと思ったけど、腕につながった点滴とバイタルサインをチェックする機械から指先に管が数本繋がってるだけだった。上下する胸は確かに息をしていることがわかる。
「よかった….。」
とりあえず無事ならそれでいい。
どっと疲れて、病室内に置かれていたソファーに座った。
「元貴君。私は事務所に戻って今後のスケジュール対応してくるから、帰る時は若井君達の車に乗って帰ってね。」
「了解。」
チーフマネージャーが帰り、スタッフが俺に気を使って
「何か飲み物でも買って来ましょうか?」
そういえば緊張していたせいか喉がカラカラだ。
「じゃぁ水を….。」
「分かりました。」
スタッフが出て行ってからしばらくして、抑えめとはいってもパタパタと小走りする音が近づいてきた。そして扉が開き
「元貴!涼ちゃんは?!」
若井と若井を迎えに行ったスタッフが入ってきた。
「涼ちゃんはとりあえず無事。寝てるから静かにな。」
「よ、よかった….。」
俺の横に力なく座る若井にさっき聞いたことをそのまま話した。そこへ、水を買いに行ってくれてたスタッフが戻ってきて、俺と若井に水をそれぞれ渡してくれた。
「あ、そうだ。風呂上がりで喉乾いてたんだった。ありがとうございます。」
そう言って若井は水をごくごくと飲む。慌てていたんだろう、髪から水滴が滴っていた。俺も水を一口飲むと体中に冷たい感覚が行き渡り、頭がはっきりしてきた。
「元貴、これからどうなるんだろう….?」
「とりあえず涼ちゃん回復次第だろうね。トラックに引っかけられたにしてはそこまでひどい怪我ないらしいからキーボードは問題ないだろう。顔の傷は衣装なり化粧なりでごまかせるだろうし。」
「でも、覚えてないんでしょ?俺らのこと….。」
「ふわっとは覚えてるっぽいよ。」
「このまま、また….。」
若井は口を結んだ。
若井の考えていることは分かる
不安なんだろう
チームが停滞してしまうことを
「大丈夫。微かに覚えてるんならどうにかなるって。」
三人いればどうとでもなる。いや、どうにかしてみせる。
「第3フェーズでもいいし、2.5フェーズでもいいし。どこでだって、何度だって始められるよ。」
俺の言葉に、若井は一つ大きく息を吐いた。
「….やっぱ元貴には敵わないわ。」
「今更だろ。」
「はいはい。」
若井も落ち着いたのか、横たわる涼ちゃんを見つめた。
「取りあえずは涼ちゃんは回復に専念してもらって、俺らはできるだけ見舞いにこよう。脳なら刺激した方がいいだろうし、ライブ映像やMV見せるのもいいかもね。」
「ついでに動画サイトにある”ポンコツ涼ちゃん集”と”泣いてる涼ちゃん集”も見せよう。」
「それは….いいんだろうか?」
小さく笑い合うと、控えていたスタッフ二人も安堵したように息をついた。
そうだ。俺たちが慌てててもしょうがない。
「このままいてもしょうがないし、一度帰ってまた明日来よう。」
俺たちは涼ちゃんの顔を覗き込んだ。
「元貴。」
「ん?」
「曲浮かびそう?」
「え?」
若井を見るとウィンクしていた。意図を図りかねて咄嗟に
「う、うん。」
どちらともつかないような返事をすると、若井は頷き
「そうかそうか。じゃ、俺達は先に車に行ってるから。でも、面会時間とっくに過ぎてるから5分だけな。」
若井はスタッフ二人を連れて病室を出て行った。
あ….そういうこと….。
若井に感謝しつつ、再び涼ちゃんの顔を覗き込む。
「涼ちゃん、貴方はなんでいつも俺をドキドキさせるの。でも、今回のドキドキまじでいらないからね。」
頬にそっと触れると、少し冷たかった。でも、ちゃんと生きてる。
「Mrs.の事だけ忘れたのは、貴方にとって忘れたい程辛い場所だったから….?」
忘れたままの方が貴方は幸せになれますか?
「でもごめんね。今更涼ちゃんなしじゃ俺達無理なんだよ。特に俺。」
貴方の笑顔に
貴方の存在に
どれほど救われたことか
きっと俺は
貴方のいない世界は耐えられない
「だからごめん。離してあげられそうにないや….。」
貴方を苦しめてごめんなさい
コメント
2件
うんうん、感動(T ^ T) よすぎるぅー この後の展開も楽しみぃ
更新ありがとうございます✨楽しみに待ってたので、嬉しいです😊