レイロとの離婚はできないまま10日が過ぎた頃、お父様がシトロフ邸に帰ってきた。
久しぶりに会ったお父様は目を逸らしたくなるくらいに痛々しい姿だった。無事に再会できたことを喜んだあと、お父様の希望で二人で話すことになり、お父様の部屋に移動する。
お父様も回復魔法は使えるけれど、魔法を使えない檻に入れられていたせいで、外に出ても魔力が中々戻らないのだと言う。
私が回復魔法をかけると、魔力は戻らないものの体調は良くなったと言ってくれたのでホッとした。魔力を分け与える魔法もあるから、次の派兵までには覚えようと考えていると、お父様が口を開く。
「嫌な話になるが、だからこそ伝えておこうと思う」
「どうかされましたか?」
「エイミーは第二王子に妊娠を伝える際に、お前を彼に薦めたようだ。アイミーは自分よりも可愛くて優秀だから、彼女を妻にすれば良いと。今日、檻から出された時に、第二王子はお前をすぐに差し出せと言ってきた」
「……何ですって?」
「第二王子はお前が既婚者だと知らなかった。アイミーは既婚者だから無理だと告げると、離婚するようなことがあれば、エイミーの代わりに側妃になれと伝えろと言われた」
「……最悪だわ」
ぐりぐりとこめかみを押して、私は大きく息を吐いた。
ルーンル王国の第二王子のテイソン殿下は、ワガママなことで有名だ。
両陛下や王太子殿下が彼のワガママを抑えようとしたけれど無理だったらしい。いつまでも彼を相手にしている暇はなかった両陛下は、テイソン殿下が18歳になった時に彼を見捨てることに決め、王城内から彼を追い出し、城壁内にある別邸に住まわせた。
王太子殿下が次の国王になるまでは面倒を見てもらえるが、それまでに彼が変わらなければ別邸からも追い出されることが決まっている。
18歳が成人のこの国では事情がない限り、親が成人になった子供の面倒をみることはおかしいという考え方なので、反対意見は出ずに、もっと厳しい対処でも良いのではないかという声も上がったそうだ。
でも、両陛下は生き方を変える猶予を与えた。そんな親心も知らずにテイソン殿下は、女性との生活を楽しんでいるのだと、お父様は教えてくれた。
「そんな人に嫁いだりしたら、人生が終わりますわね。だからこそ、お姉様が嫁にいかなくて済むことも含めて、今まで頑張っていたんですけど」
終戦しなければ、お姉様はテイソン殿下に嫁がなくて済む。終戦すれば、お姉様とテイソン殿下の婚約を解消してもらうつもりだと、お姉様には伝えていたはずだ。
お姉様はその言葉が信じられなかったのか、もしくは、自分と同じような思いをさせたかったのか。
――後者のような気がするわ。
自分は苦しい気持ちでいるのに、妹の私は幸せそうにしているんだもの。腹が立って仕方がなかったんでしょう。
今、思えば、無神経だったのかもしれない。でも、お姉様のことをどうでも良いだなんて思ったことはなかった。
「お姉様との会話が足りなかったということでしょうか。それとも、私が無神経すぎましたか?」
「姉のことがあるからといって、嬉しいことを喜べないのはおかしいだろう。お前たちは仲が良かったのだから、エイミーだって、妹であるお前の幸せを喜ぶのが普通だ」
「……それは押しつけでもありますよね」
「だったとしても、妹の不幸を望むような行動はすべきではない」
「お父様はお姉様のことをどうするおつもりですか」
お姉様を追い出したのはお母様だから、お父様の意見を聞きたかった。
「正直、どうしようか悩んでいるんだ」
「ドーリ様に確認したところ、お姉様が子供を生むまでは面倒を見てくれるそうです。生んでからはレイロと共に暮らしてもらう、それが無理だという場合は生まれた子供だけ引き取る、もしくは、お父様たちが望むなら赤ちゃんごとお姉様を引き渡すとのことでした」
「そうか。すぐに連絡を取って話をしないといけないな」
お父様は頷くと私を見つめる。
「お前の離婚と第二王子殿下の件は何とかしてみせる」
「……あの、お父様、お気持は嬉しいのですが、今は体を休めたほうが良いかと思います」
「そういうわけにはいかないだろう」
「では、家のことだけ考えていただけますか。私のことは自分で何とかしますので」
「何か良い方法があるのか」
「司令官のリーロン様と話をしてみます」
「そうか。……不甲斐ない父ですまない」
「いいえ。とんでもないことでございます。こちらこそ、不出来な娘で申し訳ございません」
ルーンル王国の司令官は少し変わった人物で、安全地帯にいることを拒み、戦地にまでやって来て騎士団長に命令を下す。リーロン様は国王陛下の旧友でもあるので、条件によっては望みを叶えてもらえる可能性がある。
そう思った私は、会議のために城下に戻ってきているというリーロン様に連絡を入れることにした。
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