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葛葉の眼が、俄(にわ)かに敵の姿を見失った。

右腕を占める痛覚の煽りがあったのは事実だが、野中にうずくまる先方の様子を、瞳の中央に据えてしっかりと見張っていたはずなのに。

何より、有形無形を余さず見通す彼女の眼が、こうまであっさりと標的の姿を逸するなど、普段なら考えられないことだった。

「なん……ッ!?」

次の瞬間、すぐ目の前に迫った男性の躯が、仰天する葛葉を嘲笑うように手の巨塊を盛んに振り上げた。

満身に熱気をあしらった風体は、まるで火中を駆け抜けた直後のように荒々しい。

先の出鱈目な動きから推して、神足通かと当たりをつけたが、どうやらそれほど上等な物ではないようだった。

思う間に、長柄を目一杯に撓(しな)らせた鉞が、憂き音(ね)のような風鳴りをびょうびょうと吹き鳴らした。

ともかく差料に満幅の信頼を寄せた葛葉は、これを真一文字に据えて防御を徹底した。

「くあッ!!?」

衝突にともない、拠(よりどころ)の左手が悲鳴を上げて、立ちどころに足腰が軋みを上げた。

しかし、ここに機を見た彼女は即座に剣線を斜(しゃ)に構え、巨塊の圧力をうまく横合いへ往なすことに成功した。

逸走した鉞が地盤を直撃し、細大の芥(あくた)が地雷のように飛散する。

「………………ッ!?」

それらを踏み台に中空へ居所を移す間際、同様に体躯を駆使した男性が、己の背後にぴたりと追従するのが見えた。

──こいつはもう、ニンゲンの動きじゃない!

背筋を冷感が伝う間もなく、苛烈な勢いでひた走った凶刃が、またぞろ憂哭に似た風切音を響かせた。

これをどうにか防いだはいいが、もはや右腕の絶痛は限界に達している。

「あ……!」

わずかに気を後(おく)らせたそばから、背中が襲羽(おそいば)のように空(くう)を切った。

遠心力を多分にたくわえた猛襲。 その身はなす術もなく墜落の一途をたどり、割りを食った地表がまたたく間に潰乱(かいらん)の憂き目をみた。



「………………」

緑の絨毯は早々に失せ、広範に渡る空地(くうち)がいまや惨たる有様に成り果てている。

所々に岩盤が突出し、容易には晴れそうにない土煙が濛々と沸き上がる破滅的な光景。

これは自分とて伝え聞きで把握する地獄の趣(おもむき)に相応しいものかと、ふと男性はそんな取るに足りない所感を覚えた。

そこで何やら違和感を知って視線を落とすと、コートの脇腹が浅く斬りつけられている。

先ほど交錯した折りのことか。 浅傷(あさで)とは言え、へばり付くような独特の切れ味をもつ日本刀のこと。

焼けるような痛みが、図らずも一時の気付けをくれた。

「やるじゃねえかオメェ?」

気を利かせ、誠意のない賛辞を煙幕の向こうへ放るも応答はない。

──こんなに気分が昂(たかぶ)るのは、いつ以来だ?

舌舐めずりをした彼は、心地のよい刺激に身をゆだねつつ、敵の再起を待った。

この程度で沈黙するような相手でない事は、当人とて身に沁みている。

その時だった。

乾いた銃声が一発、青空の袂に木霊(こだま)した。

「何のつもりだてめえ……?」

咄嗟に盾とした鉞の表面に、大口径による傷痕が浅く刻まれていた。

足元を見ると、かすかに熱感を残した弾丸が土塊に食い込んでいる。

気丈にもピストルを構えたブロンド娘が、まさに銃口から硝煙を燻(くゆ)らせて男性を睨みつけていた。

「もうやめて!!!」

裏声を交(まじ)えた絶叫が、先の銃声にも劣らず鼓膜をするどく威(おど)しつけた。

どこから現れたものか、少女の身辺では黒ずくめの徒党が防備の体(てい)をなしており、一応の安全圏を確保されてはいたが、それでも心細いことに変わりはない。

しかし、彼女はめげずに己を奮い起たせた。 それは単に、修羅場に相通ずるささくれた矜持がそうさせたのか。

もしくは、早くも“友達”と了解する葛葉のことを思っての奮起だったのか。

「もういいでしょ!? なんでそこまで」

「うっさいなぁ」

これに対し、酒焼けた女声があくびを堪えるような口振りで応じた。

「小娘が上等くれてんじゃないよ? 帰ってミルクでもちゅーちゅーやってな」

「おぅ……? オノが、喋った……?」

平生であれば、幼気(いたいけ)な好奇心にすぐさま火がつくところだが、現状ではそうも行かず、さすがのリースも弱ったように肩身を萎縮させた。

一方で、いよいよ頃合いを知った老人は、なるべくなら使いたくなかった奥の手を、腹の底でそれとなく復唱した。

この地へ渡るにあたって、幾つか申し渡された事柄がある。

「よぉトラ公」と声をかけ、ひとまず男性の関心をこちらに向ける。 これに応じた先方は、相変わらずギラギラした眼で老人を見た。

そんな眼で見るんじゃねえやと、どうにも言い様のない情感が降って湧いた。

よもや友情ではないだろう。 いや、お上(かみ)の申すがままに奔走する勤め人の鑑(かがみ)のようなこの男に、少なからず幼なじみを……

官の友を重ねて見ていたのは、たしかかも知れない。

「なんだよジジイ?」

「お前さん、あのおヒトのお父っつぁん誰だか知ってんな?」

「あ……? あぁ!? そんなもん!」

そう、彼の行動原理はそこにある。

たとえ上役より課せられた捨て駒の役割だったとしても、たとえ一命を擲(なげう)ってでも一矢報いようと、かくも暴走した理由は、すべてそこに帰結する。

世界を焼いた張本人に対する激しい憤(いきどお)り。

その眼(まなこ)には、彼の姫御前である葛葉もまた同様に映っているのだろう。

八つ当たり。 そう、完全な八つ当たりだ。

「ダセえと思わねえかい? やってる事はそこいらのガキと変わらんぜ? いや、ガキのほうがまだ分別があらぁ」

「説教なんざ聞きたかねぇよ? そういう事は孫にでもしてやんなよ」

「孫だぁ? 孫……。 あぁ、孫なぁ」

生憎(あいにく)と生前は独り身を貫いた身の上だ。

もちろん女は嫌えじゃねえが、何より人殺しの道具を長らく拵え続けた手のひらで、そこらの尤物(ゆうぶつ)に触れるのはどうしても気が退けた。

元より恋路の闇をぶらぶらと渡るには、えぐいモンを見すぎてきた。

「もう止(や)めとけや? お前さんも分かってんだろ?」

「てめえ……。 やっぱりてめえもあの女の味方かよ?」

「バカ野郎。 お前さんのためを思って言ってんだい」

まこと、働きアリのようなこの男の事だ。 当面の任務に溺れるあまり、後々のことがまるで見えちゃいねえ。

組織の規範に則り誅戮されるか、背後から刺されて側溝に打ち捨てられるか。

問題はその後だ。

これは断じて友情じゃねえ。 友情じゃねえが、この男が地獄に落っこちるのを黙って見過ごすのは、やっぱり気が退けた。

「お前さん、そのおヒトのお父っつぁんの名前(なめえ)、ホントに知ってんのかい?」

「あ……?」

途端にきょとんとした男性は、顔色が示す通り、やはり言葉の意味を理解し得ないようだった。

深々と息をついた老人は、舌先を懇(ねんご)ろに翻(ひるがえ)し、懇切に申して聞かせようとした。

その矢先のことである。

「ちょい待ちなよ、うちの親父殿は関係ないでしょ」

煙幕の向こうから、まるで思春期に似合いの物言いがきっぱりと及んだ。

のみならず、つとめて見ると当の煙幕がおかしな動き方をしている。

まるで風を孕んだ帆布(はんぷ)のように広がったかと思うと、その表面が龍蛇のように渦を巻く。

「親の名前でケンカするとか、んなもんどこのボンボンよ……。 なぁ相棒?」

「それな!」

事態を察するや否や、速やかに意気を整える男性の眼下、矢庭に跳騰(ちょうとう)した弾丸が、面妖な推力を得て突き進んだ。

「…………っ!」

巨塊を器用に取り回し、これを迅速に処理しようと目論(もくろ)むも、この弾はもはや尋常のものではない。

「ぐ……!?」

男性の意に中(あた)らず、急に進路を変えたそれは、空中に細(ささ)やかな迂回路を描き、彼の手のひらを貫通。 そのまま直進し、痩(こ)けた頬をわずかに食い破った。

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