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「野郎っ!!」

脳裏に痛みを得ないのは、興奮物質による恩恵か。 あるいは並外れた驚きが、他のあらゆる感情を置き去りにしたせいか。

いまや男性の神経回路は、無計画に増設された伝送路のように混迷をきたしていた。

ただ、それらを力任せに束ね上げる胆力については、この男の右に出る者はいなかった。

何より、胸奥で盛る火の手はいまだ衰えることを知らず、内燃機関を全開に保っている。


『恋情ってのは、そんなに消えにくいもん?』


違うそんなんじゃねえと、いつぞやの佳景を思い唇を噛む。

これはそんなに艶のある炎じゃない。 太陽のように熱くもなく、ましてや斎火(いむび)のように神聖なものでは断じてない。

こいつはそう、人身を灰にする忌まわしい黒火だ。

そんな火に暫時 炙(あぶ)られたせいか、今ならよく分かる。

あの女はきっと、ケンカを売ってはいけない部類の何かだった。

自分はきっと、あの女に殺される。

「………………」

目線を澄まし、敵の様子を観察する。

夥(おびただ)しい煙幕を手懐け、まるで遊び道具のように弄(もてあそ)ぶ葛葉の肩先を注視する。

そこに透けて見えるものが先頃の比ではなく、まるで五色(いついろ)の雷が挙(こぞ)って集いきたような。

もしくは五行か、あるいは火雷風雨。

哲理的、理学的に観測される地球上の血気という血気が、まさに今 ひと所に集結を果たしているようだった。

「あー……、ありゃダメだ。 終わりだねあんた」

まったく他人事(ひとごと)のように唱える女声に対し、鼻を鳴らして即答する。

人間、それなりに年齢を重ねれば上手な走り方は自然と身につくものだが、ブレーキの踏み所についてはなかなか。

他人に教えを請うのも決まりが悪く、何よりこんな世の中だ。

誰も彼もが加減を知らず、曲がり角ですっ飛ぶような連中ばかりだった。

現在の自分はどうかと考えて、愚暗に落つ。

まさに片輪走行の真っ最中で、もうひと押し加われば見事にすっ転ぶ。

そんな後のことはどうだっていい。

これは単に捨て鉢とは違う。 とにかく今だ。 身を焼くような現在(いま)があればいい。

後悔はない。 未練もない。

──考えてみりゃこの人生、どこを取ってもクソみてえなもんだったが

「上等じゃねえか! ぶっ潰してやんぜ!! おぉっ!?」

「この野郎! クッシャクシャにしてやんよ!! あぁッ!?」

ここに来て、最高の舞台が巡ってきた。 男性の胸間はますます熱く、それに比して脳裏は冬ざれのように凍てついた。

対する葛葉もまた、胸奥の焔(ほのお)が万丈に燃えて、もはや前後の見境がない。

「待たれ……っ、待たんかぇオイ!?」

見かねた老人が声を張るも、猛獣と化した二名の耳には届かず。

片や、末期(まつご)の気概を奮(ふる)った男性が、満身を打ち当てるようにして立ち向かった。

片や、小烏丸の神通を駆使し、右腕をあらく接(つ)いだ葛葉が、手の内をサッと点検した。

「は……ッ!」

途端、一撃に必倒の威をためた鉞が、辺りに遊(すさ)ぶ火雷をはじめとした虚仮威(こけおど)しを物ともせず、一躍して疾走した。

この迫撃を、葛葉は身体を機敏に捻転させて無理なく避けた。

間髪を容れず身を翻し、まさに地面を打ち砕く間際の大塊を踏んで勇躍、男性の顔面に膝打ちを見舞ってやった。

たまらず長躯が後方へ仰け反る頃合いに、透かさず一刀を走らせる。

「う、ぬあぁぁぁ!!!」

一期(いちご)の気合いを総動員した男性は、己に迫る剣線をアッパーカットの要領で打撃。 頭上に突き上げて事なきを得るや、右腕を即座に振るった。

狙い目は彼女の胴。 跳躍が災いし、大いに無防備をさらしている。

「おらぁッ!!!」

しかし葛葉とて、甘んじて敵の目論見(もくろみ)に乗っかる謂われはない。

柄前を操作する諸手のうち、右腕から火花を盛んに迸(とばし)らせ、迅速に打ち掛けた。

こうなっては、もはや防御を勘定に入れるべきではない。

どちらの刃が、より早く到達するか。 その一点に勝負の出来が懸かってくる。

限界を迎えた男性の肩骨が、得物の荷重に引っ張られ、あえなくゴクリと険音を立てた。

「くっそがよぉぉぉ!!!」

構わず、骨身を削るようにして、鉞に後生一生の威勢をくれる。

この肩部に端(たん)を発する脈拍の異変が、彼の満身を渡り、手首にトクンと落ち着くのを待たず。 迅雷と化した小烏丸が、いちはやく駆け抜けた。


俄(にわ)かの熱気が嘘のように、場が静まり返った。

拝み打ちの手本をなした一刀は、男性の肩口に幾分ほど沈み込んでいた。

持ち主の寿命を縮めんばかりに奔走した鉞は、葛葉の脇腹に角を立てていた。

辺りに散漫と行き交う微弱な雷が、荒土の表面でチロチロと燻(くすぶ)る火先が、先の名残をひっそりと偲(しの)んでいるようだった。

「………………」

目を細めた老人が、沈鬱な唸り声を漏らした。

途端に足下を損なった葛葉の身体が、操り糸を逸したようにガクリと崩れ落ちた。

「クズ!」と悲愴な声が上がり、徒党の内々にも緊迫が満ちる。

「ザマぁ、見や……」

一方の男性は、そこまで弄(ろう)したところで強(したた)かに血煙をあげて倒れた。

バカ野郎と、その様(ざま)に顔を歪めた老人は、こうした惨劇を容易になす刀剣の本分を思い、どうにも居たたまれない気分に駆られた。

勝敗は誰の目にも明らかだった。

片や鉞が加えた傷は浅く、片や一刀が下した傷は深い。

しかし、かの斎斧(いみおの)は並みひと通りの物ではない。

見た目には判らずとも、場合によっては体内に深刻な痛手を負っている可能性もある。

「痛った……。 くそ!」

老人が固唾(かたず)を呑む中、しかし堅固な足取りで葛葉が再起した。

口唇の端に朱を食(は)むものの、五体の機能はしっかりとしており、不備は無さそうだった。

各々(おのおの)、ともかく胸を撫で下ろし、幕切れに似合いの苦々しい寂寥を噛みしめた。

いち早く駆け出したリースは、何を置いても友人の身に飛びつくべきか、それとも肩を貸すべきか、邪気のない逡巡をめぐらせた。

そんな彼女が、途端に頓狂な声を上げた。

何事かと視線をいたらせる間もなく、葛葉の眼にも同じくその光景が飛び込んできた。

「マジか? お前さん、もう……」

「ん、ぐうぅぅぅ……!」

甚(はなは)だしい痛手を物ともせず、男性が果敢に立ち上がったのだ。

性懲(しょうこ)りもなくと表すのは易(やす)いが、これはそういった生半可な枠組みで括(くく)ってよいものではない。

その身を突き動かすのは、偏(ひとえ)にニンゲンの底意地か。

更正する間(ま)も与えられず、子と引き離された親がいた。

明日から心を入れ換えて頑張ろうと、本気で考えていたにも関わらず、その明日を無くした若者がいた。

わけも分からない内に、不可説不可説の焔に巻かれ、途方もない恐怖を味わった者が五万といた。

「仕様がないっしょ? あんたら選んだ道だ」

「うっせぇ!!!」

男性とて、その正当性は理解している。

どこをどのようにしても、もはや進退きわまった世界。 それを一度壊して建て直す。

その行いは、恐らく正しい。

現世に根をはった生きものである以上、それが間違いだなんて事は口が裂けたって言えやしない。

しかし……、しかしだ。

「もうちょい、マシなやり方があったんじゃねえのか?」

「………………」

血を吐くような男性の言い分を受け、葛葉の内心にわずかな陰りが生じた。

例えば、火を使わずに水で済ませば良かったか?

悪党どもに懇(ねんご)ろな処置をして、更正する間をたっぷりと与える?

明日から頑張ろうと──。 いや、そもそも頑張らなくていい。

あの世界は、そういう世界じゃなかった。

自分の心を殺して頑張った分だけ、大切なものがジリ貧(ひん)になる困った世。

あの世界には、ご立派な神々サマによってそういう呪いが掛けられていた。

「お前さん、殺してやろうか?」

葛葉の口から、よもや極端な語義が出た。

ただし、それは内容の如何(いかん)に関わらず、まるで穏やかな。 情緒纏綿(じょうちょてんめん)とした口振りだった。

右に留めた一刀が、淡々と緋々色をたくわえ、二重三重に結集した空気の層が、断頭の鋭刃を形作った。

「やれるもんなら!!!」

いよいよ意気を滾(たぎ)らせた男性が、満身を奮い起たせてこれに臨(のぞ)んだ。

もはや得物を扱う体力がないと知れるや、厚刃を肩口に乗載し、文字どおり捨て身の突撃を敢行する。

応じる葛葉は落ち着いたもので、切先をするどく翻し、当の鉞に刺撃をくれた。

手もなくこれを貫いた小烏丸は、ここぞとばかりに神通を揮い、敵刃の有り様を置換した。

「なに……っ!?」

程なく、男性の意に反した鉞が、彼の身柄にズンと伸し掛かり、頭(こうべ)を差し出す体勢を強(し)いた。

それを待って、ゆるりと上を向いた剣線が、あとは駆け出す頃合いを見計らうのみとなった。

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