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黒猫ている
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#ハッピーエンド
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わあ……第6話、読み終わりました。胸がぎゅっとなりました。 アシュリーから見た冷たい父と、後半で明かされる父の本心のギャップが切なすぎます。「どう愛せばいいのか分からなかった」という父の独白に、言葉にできない愛情の形を見た気がしました。お互いに想い合っているのに、すれ違ったまま別れの時が近づいている……このもどかしさが、読んでいて本当に苦しくて、でも目が離せませんでした。 母の形見の懐中時計がまだ動いているのに、父の心だけが止まったままという描写、とても印象的です。ラストの「気付けば私の心は深い悲しみに沈み込んでいた」という一文に、父親の愛の深さと無能さが同時に詰まっていて、何度も読み返してしまいました。 続きが気になります……!
領地のバリントン侯爵邸。
私は父ヘンリーの執務室を前にして、緊張した面持ちで大きな扉を見上げた。
……最後にお父様と会話をしたのは、いつだろう。
お父様は多忙な方で、招待を受けた王都の式典さえも中座して、単身領地に戻るほどだった。
王都のタウンハウスに滞在している間も、式典の間も……一度も、言葉を交わすことはなかった。
勇気を出して、扉を叩く。
聳え立つ扉を前に、ノックの音は弱々しく響いた。
「……入れ」
「失礼します」
扉を開けて、執務室へと一歩足を踏み入れる。
重い空気に、圧倒されてしまいそうだ。
幼い頃から、父はいつもこの部屋に居た。
こんなに近くにあるのに……遠い部屋。
滅多に足を踏み入れることは許されない場所だ。
「なんだ」
重々しい声が響く。
……ここで、気圧されてはいけない。
ちゃんと、望みを伝えなければ。
「お父様は……私の病状については、もうお聞きでしょうか」
「あぁ、聞いている」
私の問いに、お父様が頷く。
……余命僅かと報告を受けていても、この態度。
やはり、お父様にとって、私はその程度の存在なのね……。
どこかで、まだ期待していたのかもしれない。
お父様の口から、せめて「無理をするな」の一言でもあれば、それだけで救われたのに。
そんな願いすら、今はもう滑稽に思えてしまう。
感情が揺れ動くこともなく、彼はただ、静かに私の死を待つのみ。
親子の情なんて、存在しない。
いや、お父様にとっては、私の存在自体が元々取るに足らないものだったのだろう。
こんなの、今に始まったことではない。
分かっていたはずなのに……どうして胸が痛むのか。
「でしたら、どうか静かな場所で余生を過ごすことを、お許しください」
痛む心に蓋をして、淡々と言葉を紡ぐ。
これ以上、この屋敷に居たくない。
その想いは、ますます強くなった。
「お母様が好きだったという別荘で、最後の時を迎えたいのです」
バリントン領の外れ、海に面した地域にある、小さな別荘。
侯爵邸と比べたらまるで民家のような、その小さな別荘が、母のお気に入りの場所だったと聞いている。
今はもう住む者も訪れる者もなく、管理こそされてはいるが、静かにひっそりと朽ちていくのを待つだけの建物──私が最期を迎えるのに、相応しい場所ではないか。
「……好きにするがいい」
「ありがとうございます」
言質は取った。
これで、もう家族のことで心煩わされることはない。
さっさと荷物を纏めて、この屋敷を出ていこう。
ローラとケネスが帰ってきたら、あれこれ言われてうるさいだろうから、彼等が王都から帰ってくる前に。
これ以上、貴方達に縛られることはない。
「どうか、お元気で」
父であった人に、最後の言葉を掛ける。
扉を閉めるまで──返る言葉は無かった。
◇◆◇◆◇
私ヘンリー・バリントンと同じ色を持って生まれたアシュリーだが、あの子は母親似だ。
会う度に、亡き妻を思い起こさせる。
後妻を娶った今も、私が愛する女性は、ノーリーンただ一人。
日に日に彼女に似ていく娘に、どう接して良いか……私は分からずに居た。
アシュリーは、愛するノーリーンが命を賭けて生を与えてくれた子供だ。
ノーリーンを失ったあの日──もう、私に残されたものはこの子しか居ないのだと悟った。
だが、その子供さえも、長く生きられない運命だった。
私は、どうしたらいい?
余命幾ばくもない娘と、どのように付き合えばいい?
あの子を大事に思えば思うほど、心が張り裂けそうになる。
やがて消えゆく命を、どう愛すれば良いのだ。
すぐに、砂のようにこの手から零れてしまうというのに……。
後妻のサマンサ、連れ子のケネス、そして妹のローラまでもが、アシュリーを疎んでいた。
私はそれを知りながらも……アシュリーに、声を掛けることさえ出来ずに居た。
顔を合わせれば、妻と同じ顔立ちをしたあの子に、心乱されてしまう。
私は、再び妻を──ノーリーンを失うのか。
いや、あの子はノーリーンではない。
それは、分かっている。
分かっているはずなのに……どうしても、面影が重なってしまう。
ノーリーンを失ったあの日、世界から色が消えた。
全てがモノクロと化した世界の中、ただあの子だけが、色を帯びている。
やめてくれ。
もう二度と奪われたくはないのに……あの子は、早世の運命だなんて……。
あの子を忘れることが出来れば。
あの子を目に入れなければ──この胸を押し潰されるような悲しみから、逃れることが出来るだろうか。
そうして、私はずっとあの子を避けて生きてきた。
あの子がどんな境遇にあるかを知りながら、手を差し伸べることもしないで──。
私は最低の父親だ。
あの子はきっと、私を恨んでいるのだろう。
だからこそ、最後の時を別荘で一人静かに過ごしたいなど……この屋敷を出ていきたいなどと言い出したのに違いない。
静寂が、執務室に残された。
扉の向こうで足音が遠ざかっていくにつれ、胸の奥が締めつけられる。
もう二度と、あの子の声を聞くことさえ出来ないのだろう。
『どうか、お元気で』
最後に掛けられた言葉。
その声に、返す言葉が見付からない。
私はなんと情けない父親だろうか。
机の上に置かれた古い懐中時計が、静かに時を刻んでいる。
妻が亡くなる前に贈ってくれた品が、今も止まることなく動き続けていた。
だというのに、私の世界だけ、時間が静止していた。
私の心は──あの日、ノーリーンを亡くした時と同じ。
あれだけあの子を意識しないように、目に入れないようにしていたつもりだというのに……気付けば、私の心は深い悲しみに沈み込んでいた。