テラーノベル
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最後のライブから2週間が経った今、俺はサークル部屋の地縛霊となっていた。何かが抜け落ちてしまった心を埋めるように、ただひたすらに天文学の本を読む。
「もうこの前の本は読み終わったの?」
感心するような、呆れたような友人の声にちらりと視線を動かす。授業以外はずっとこの部屋に引きこもる俺を心配してか、彼は時々訪ねてきてくれる。ほっとけばいいのに……なんて思うが、彼としても俺にライブハウスという存在を教えたという点で、責任を感じているのかもしれない。
「とっくに読んじゃいましたよ。……あなたはそろそろ授業でしょう?行ったほうがいいんじゃないですか?」
友人は煮え切らないような顔をしながらも荷物をまとめ始めた。俺は今日も暗くなるまでここにいるつもりだ。もっと本を読まないと、もっと気を紛らわせないと……思い出してしまう。
「じゃ。言っても無駄だと思うけど、ほどほどにしろよ?」
そんな言葉を残して去っていく友人に本から目を離さないまま手を振る。次のページへと伸ばされた指は、だんだん近づいてくる騒がしい足音によって動きを阻まれた。この場所は格段に人通りの少ない棟だから、部屋の外からの足音がよく響く。まぁ友人が忘れ物でもしたのだろうと思い、ページをめくる手を再開した。
ドアの開く音がして、荒く息を吐く音が聞こえる。
「忘れ物ですか?」
視線を本に留めたまま尋ねる。でも友人は何も答えない。なんだか少し気になって、錆びれた音をたてる椅子から立ち上がった。
「授業遅れちゃ………」
心臓が止まった。比喩としてじゃなく、俺にとっては本当にそう思えてしまう程の衝撃だった。
「……星導。」
「こ、やなぎくん……?」
2週間、意図的に出さないようにしてたその名前を思わず呟いた。なんで?どうして?ここに彼が?
「俺、星導なら連絡してくれると思ってた。」
訳が分からず無言のまま立ち尽くした俺に、小柳くんがそんなことを言いながら一歩近づく。
「メンバーが仲いいファンの人とかにも聞いたけど、みんな星導と連絡つかないって心配してた。」
また一歩、小柳くんが俺に近づく。
「前に星導が大学のこと話してくれたから……ダメ元でも、会いたくてここに来た。」
さらに一歩、小柳くんが俺に近づく。
「星導は……俺のこともう、”推し”じゃなくなったの?」
その言葉に何も言い返すことができなかった。顔を見るのが怖くて、無意識のうちに後ろへと後ずさる。そんな俺を見て、彼の表情が強張った。
「だからッ…!なんで逃げんだよ…!!」
小柳くんがぐっと距離を詰めた。壁際に追い詰められた背中から、冷たいコンクリートの温度を感じる。逃げ場を無くした俺の腕が強くつかまれた。
逃げられない。もうどうしたらいいかわからない。
パニックで決壊した涙腺とオーバーヒートしてしまった脳では、もう正常な判断なんてできなくなっていた。
「……?なんで泣いて」
「あなたのことが好きです。」
いやにはっきりと自分の声が響く。あぁ……隠し切りたかったのに。俺の宝物のようなこの気持ちが音をたてて崩れていく。ぴくりと動いた小柳くんの手に自身の手を重ね、ゆっくりと外させた。
「ただのファンの、しかも同性の俺に好きだなんて言われて困りますよね。」
「小柳くんは俺と友達になりたいって思ってくれたかも知れないけど……俺はずるいから。小柳くんのこと独り占めしたいなとか思っちゃうんです。」
俺の言葉を、彼はただじっと聞いている。
「そんなの小柳くんに迷惑でしょ?だから……ほら、早く振ってくださいよ。」
ぐいぐいと小柳くんの肩を押して距離をとろうとする。返事を促しといてその答えを聞きたくないなんて、あまりにも我儘すぎる自分に嫌気が差してきた。
「迷惑なわけないだろ…?」
ふわりと身体が傾く。小柳くんに抱きしめられてるのだと気づいたのは、それから数秒遅れてからだった。
「ちょっ…と…小柳くん?…そういうのは勘違いしちゃうから……」
「俺も、星導のことが好き。」
今回こそ、ほんとのほんとに幻聴じゃないかと思った。
「……嘘つき。」
「俺が星導みたいに嘘うまくないの知ってるだろ。」
「じゃあ……同情?」
「違う。……なんで信じてくんないの?」
身体が離れて、不満げに口を尖らせた小柳くんの姿が目に入る。だって、だってだって!こんなの信じられるわけがない。小柳くんが、俺のことを好きなんて、そんなこと……!!
「好きの意味わかってます?俺のは……恋愛としての好きですよ…?」
「俺もそーゆう意味で星導のこと好きだって言ってるけど?」
小柳くんは半ば呆れたように、でも楽しそうに笑っている。
「……いや…!えっと……その…。」
他の理由も探そうとするが、もう俺の中には本当に好きという可能性しか思い当たらない。でも、やっぱりそれが信じられなくて、1人でごにょごにょしながら俯いてしまう。
「星導。」
不意に名前を呼ばれて顔をあげた。見慣れた綺麗な瞳がすぐ近くにあって、思わず背中を逸らそうとしたけど生憎後ろは壁。そのまま顎を軽く掴まれて、俺の右頬に彼の柔らかい唇が触れた。
「は…へ……?」
俺の間抜けな声の後に、ちゅっ、という短いリップ音が響く。はくはくと震える口からは、声にならない空気の漏れる音だけが聞こえる。
「……これで信じてくれた?」
こんな大胆なことをしておきながら、彼の頬は薄く染まっている。照れくさそうに笑う小柳くんの姿をみた俺は、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。驚きと喜びでほぼ放心状態な俺の目の前に、ゆっくりと小柳くんの手が差し伸べられる。
「星導……俺と、付き合ってください。」
いつになく真剣なその眼差しに、自身の心の中で何かが晴れたような気がした。ほんの少しだけ震えている彼の手をとり、その甲にキスをして顔を上げる。
「俺でよければ、よろこんで。」
その言葉を聞いた彼は、柔らかい微笑みを浮かべた。……かと思ったら、今度は小柳くんの目にみるみる涙の膜が張っていく。何事かと思いしゃがんだまま腕を広げれば、倒れ込むように彼の身体が覆いかぶさってきた。
「ちょっ……!?小柳くん!?」
肩辺りにぐりぐりと押し付けられる髪の感覚がくすぐったい。顔をあげないまま小柳くんが小さくつぶやいた。
「もう…二度と会えないかと思ったんだからな。」
「それは………うぅ…ごめんなさい…。」
返す言葉もなく謝罪を述べる。いつのまにか普段の澄まし顔に戻った小柳くんは、俺と目を合わせてにやりと口角を上げた。
「責任持って……一生推し続けろよ?」
こんな一等星を見失うなんて、それこそ難しいだろう。俺の心にはもう、迷いなんてなかった。
青、橙、緑、水色。
会場を埋め尽くす色とりどりのペンライトが、満天の星にも劣らない輝きを放つ。ステージから見える景色はさぞ美しいだろう……なんて思いながら、手に持つ青色のペンライトとうちわを握り直す。
今日はメジャーデビューを果たした彼らの、待ちに待ったファーストライブの日だ。
暗かった会場内をまばゆい光が交錯し、中央のステージ上には四つの人影が並び立つ。軽快な音楽に乗って届けられる耳触りのいい歌声に、自然と笑みがこぼれた。ステージの一番右、今日も最高にかっこいい自分の推しをうっとりと見つめる。
あぁ……本当に
小柳くんと出会えて良かった。
スクロールありがとうございました🙇♀
約2万字を超えるこの作品を最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。めちゃつえーアイドルパロ、kyng&hsrb編これにて完結です!楽しんでいただけたでしょうか?
また、本編はここで終わりですが番外編として①kyng視点の本編と、②2年後の2人の小話✕2をあげる予定です☺️
①は明日にでもあげる予定です。本編の展開が分かりづらい場面を補えるような内容となってます!
重ね重ねになりますが、本当に読んでくれてありがとうございました!!
コメント
9件
最高に面白い作品でした!全話少し不穏か…?と思ったんですけど、最終的にハピエンで終わって嬉しい!(ハピエン厨)番外編を気長に待ちます……_( ˙꒳˙ _ )
コメ失礼します!すごく面白かったです!番外編楽しみです!
うわぁぁあすごく良かったです…❗️kyng編も2年後もめちゃめちゃ楽しみにしてます‼️