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トモエはこれ以上刺激しない方がいいと思い、後は黙りこくっていた。やがて車は秋葉原に入り、万世橋を渡った川沿いの道を通り、ホワイト・リズムの事務所があるビルの前で停まった。ウルハを残して他の5人は車から降りる。
歩道に降り立ち、振り返ってミニバンの車体を見たトモエは「え?」と大声を上げた。
車のボディ全面に、アニメかゲームのキャラらしき6体の美少女のイラストが描かれていた。乗る前に見た時には何も模様のないグレー一色の車体だったはずだ。
トワノがあの小さなスイッチを取り出して、トモエに言う。
「あはは、驚いた? まさか現場から逃走中の犯人がこんな派手な痛車(いたしゃ)に乗ってるなんて、警察だって思わないよね」
トワノがスイッチを押すと、すっとイラストが消え、元のグレー一色の表面に戻った。
「この車の表面には特殊なコーティングがしてあってね。あらかじめ登録してある模様を浮かび上がらせたり消したりできるんだよ」
運転席の窓からウルハが全員に言う。
「じゃ、オレは駐車場に入れて来るから、先に戻っててくれ」
事務所のあるビルに入り、仕事場を通り抜けると奥に階段があった。トモエは初めて来た時は、気が動転していて気づかなかったが、2階にはダイニングキッチンと広いリビングルームがあった。廊下をはさんで個室が2つある。
さらに階段を昇って3階へ行くと、個室が5つとバスルームの扉らしき物が見えた。
トワノが個室のひとつにトモエを案内し、中に入って灯りをつけた。家具が何もないワンルームマンションのような部屋。窓にカーテンはかかっており、フローリングの床の上に布団が畳んで置いてある。
トワノはあくびをかみ殺しながらトモエに言った。
「とりあえず今日は寝よう。あ、トイレは階段の真横の扉開けて右側のドアね。じゃあ、おやすみ」
トワノが部屋を出て行き、トモエはぺたんと床に座り込んだ。昨日からの出来事を思い出す。とても現実の事とは思えない。
とにかく、明日の朝になったら、彼女たちを説得して警察に自首させなければ。それだけを考えながらトモエは床に布団を敷いて、スエットに着替えて潜り込む。
だが興奮で眠れるはずもなく、一晩中布団の中でじっとしていた。夜中に一度窓を開いて外を眺めてみた。町の灯りもあらかた消えて、暗くなった秋葉原の街が川沿いに見える。
ふとここから抜け出したら? と考えたが、3階から飛び降りる度胸はなく、そのまま窓を閉め、布団の中に戻った。
その窓の下の小さな植え込みの陰に、細長い木製の筒を手に持った女が潜んでいた事にトモエは気づかなかった。
ツインテールにまとめた髪の先を、縦ロールにカールし、ひざ丈のワンピースを着たその女は、小さくつぶやいた。
「あら、逃げる気はないようね。それが正解でしてよ。命拾いなさいましたわね」
一睡もできないまま朝日の光がカーテンの隙間から差し込み始めた頃、トモエは我慢の限界に来て布団から抜け出した。
昨日トワノから借りた服に着替え、階段を下りて2階のリビングルームへ行き、大型テレビのリモコンを見つけてニュース番組を探す。
ちょうど公共放送の朝のニュースが始まった。食い入るように見ていると、画面の中の女性アナウンサーが次のニュースとして、倉庫街で遺体が発見されたと告げ始めた。
トモエは息を呑んだ。夜で暗かったので細部は分からないが、そこに映し出された現場の様子は昨夜の場所に違いなかった。
床に正座してトモエがさらに食い入るように画面を見つめていると、パンツスーツ姿のヒミコと男物の派手なスーツを着たウルハがリビングルームに入って来た。
「おや、もう起きとったんかいな。お早い事で」
平然とした口調でそう言うヒミコにトモエは声をトーンを上げた。
「ちょうど昨日の事をニュースでやってます。だから自首を」
ウルハがテレビの画面を指差しながらトモエに言った。
「そのニュースよく見てみろよ」
画面には5人の男の顔写真が映し出された。トモエは確信できた。昨夜殺されたあの男たちに間違いなかった。アナウンサーの声が続く。
「死亡したのが指定暴力団の幹部であったため、警察は事件、事故の両面から捜査していましたが、ガス器具の爆発事故であったと断定しました。警視庁は事件性はない物と発表しました」
「え?」
トモエが驚きの声を上げた。ヒミコが相変わらず感情のない口調で言った。
「ほれ、殺人事件なんて起きてまへんやろ?」
トモエは座ったまま、床に片手を付いてわずかに後ずさった。
「あ、あなたたちは一体何?」
ヒミコはソファに腰を下ろし、平然とした口調で答えた。
「昨夜も言いましたやろ。うちらは間諜、今風に言えばスパイ。必要なら、あの世に送りもする。ただの金で雇われた殺し屋やと。そんで、ウチらの雇い主は……」
ヒミコがテレビの画面を指差した。アナウンサーが次のニュースを読み上げている。
「昨夜の臨時閣議では……」
画面には広い芝生の奥に立つ、ガラス張りの壁の四角い建物が映し出されていた。トモエもニュースで何度か見た事があった。首相官邸だ。ヒミコがその画面を指差しながら言葉を続けた。
「ほら、それや。ウチらの雇い主は、この国のお上(かみ)、つまり日本国政府や」