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お祓い後、行きの明るい雰囲気とは裏腹に、暗い雰囲気が車の中を包んでいた。
「うおっ、また海! アレが海かー、広ぇなぁー」
たった一人、楽を除いて。
「楽、聞きたいことがあるんだが、いいか?」
睦月は、運転しながら後部座席の楽に話し掛ける。
「なんだー?」
「その『支配』の異能に、霊魂を祓う力……お前たちは以前まで何をしていたんだ……?」
「あー、俺と愛は暗殺の仕事をしてたんだ。俺は物心付く前から働かされてたから、自分の名前もなーんも覚えてねぇし、こんな異能も俺の中の悪魔が教えてくれた」
「暗殺の仕事か……。今ここにいると言うことは、無事に逃げ出して来られたか、誰かに救ってもらったのか。俺の中の悪魔ってのは、なんなんだ……?」
「悪魔は俺がそう名付けた悪霊だ。施設から抜け出した時にボロい神社があって、そこに居た元神様らしい。俺の身体に住まわせる代わりに力を借りてんだ。俺の身体に居ないと外に出られないらしくてな」
「あの力はそう言うことだったのか……」
一人でに呟く睦月。
そして、よくよく冷静になり、以前、愛より「大人に話したらまた施設に戻されるよ」と忠告を受けていたことを思い出し、焦った顔を浮かべる楽。
「あ、あのな! お前たちも、俺たちのことを施設に戻そうってなら、力付くで相手になるぜ……!! 俺たちは自由に楽しく生きてぇんだ!! な、な! 愛!」
しかし、愛は窓の外をずっと眺めていた。
「愛……? 寝てんのか……?」
「私は施設に戻るよ……。あんな悪霊が悲しい生き物だなんて知らなかった。これから先も、そう言うのに出会したら私は異能で見てしまう。それなら、施設で静かに過ごしていた方がマシ……」
「はぁ!? ここまで来て帰る気かよ!? 俺は嫌だ! 一人だろうと自由になるぞ!!」
そんな時、急に車は停車する。
「な、なんだ!? や、やんのかよ!!」
「違う……。交通規制だ。どうやら銀行強盗騒ぎが起きているらしい。別の道を使わないとな……」
そして、車の横を勢いよく通る影。
「お、おい! 見たかよ今の!! 足から火を噴射してすげぇスピードで飛んでたぞ! アレも異能か!?」
「あの子は……確かNo.2の二宮とかって名前だな。こんな公共の場で異能行使して大丈夫か……?」
「なあ、睦月! 俺はあんな風に自由に生きてぇんだ! だから施設には戻りたくない!!」
睦月は険しい顔を浮かべながら真剣に楽を見遣る。
「楽、それなら、俺たちと祓魔師の仕事をしないか? 今度は人を殺さない。人を助ける為に力を使うんだ」
楽は暫く考えたが、答えは直ぐに出た。
「嫌だね。んなモン、牢獄に居た頃とも、施設の中に居るのとも何も変わらねぇよ。一人で自由に生きてぇんだ」
すると、睦月はスマートフォンでシュッと一枚の画像を楽に見せ付ける。
「な、なんだコレ……う、美味そうだな……」
「これはステーキと言う食べ物だ」
そして、画面をスワイプさせる。
「こ、今度はなんだ!? 赤……白……赤いプチプチ! なんなんだよこれ!!」
「これはお寿司と言う食べ物だ。俺たち異能祓魔院で仕事をすれば、ちゃんと給料、つまりは、これらを食べられるお金が手に入れられる。でもな、子供一人で生きていくんじゃ、大人に見つかっていつ施設に戻されるかも分からないし、こういう食べ物も食べられない。一生サバイバル生活でも続けるか?」
暫くの静寂の後、震えながら楽は声を絞り出す。
「睦月……本当にコレ食べられるんだよな……?」
「あぁ、なんなら今晩は、俺の大好きな料理でも振る舞ってやろう。今日の褒美も出来ていないしな」
仕事では、報酬なんてものはない。
美味しい食べ物なんて与えられず、常に餓死を凌ぐ為だけのパンが支給されていた。
それに、楽の頭でも分かる。
今まで愛と行動を共にしてきて、逃げたり隠れたり、確かに自由ではあるが、子供には制限が多い。
「分かった……やってやろうじゃねぇか!」
「あぁ、歓迎する。愛はどうする? 愛の異能も向いている仕事だとは思うが、さっき自分で言っていた通り、悲しい過去を沢山見ることになるだろう。強引に勧誘をしたりはしない。自分で選んでくれ」
「愛もやるよな! こんな美味そうなんだぜ!」
「私は……」
愛は、俯いたまま静かに答えた。
「私は施設に戻るよ。私の中で一番美味しい食べ物はもうこの世にはないの。私の最後の誕生日を祝ってくれたショートケーキ。もう、家族では食べられないから」
「つまんねぇー奴。まあ、俺には悲しいとか苦しいとかよく分かんねぇから、少し羨ましいけどな」
「私は楽が羨ましいよ。そんな風に、あんな人たちを目の当たりにして何も感じないなんて……」
「ふーん、そう言うもんか」
暫くして、愛はそのまま睦月の車で施設へと送られ、「また会おうぜ」と楽は一方的に握手を交わした。
施設の人には、睦月から話を通し、そのまま楽を引き連れて異能祓魔院の寺院まで帰還した。
施設からの帰り道で、楽は悪魔の詳細を話した。
元神様で意識もしっかりとしている。その為、寺院の神様に交渉し、自由に行動できるように配慮もしてくれるとのことで、楽の部屋も用意してくれた。
楽は、異能を使用した疲労感からか、部屋に通されて直ぐに就寝してしまった。
タバコに火を付け、寺院の外の階段に座る睦月。
月が照らす中、入浴後のシスターが迫る。
「隊長、タバコは辞めたんじゃなかったですか?」
「シスターか。副流煙は身体に毒だぞ」
「楽くん、本当にいいんですか……? あの禍々しい力は身近で見ててとても恐ろしいと感じました」
ジュッ!と、風に煽られたタバコは音を鳴らす。
「楽は子供だ。実の年齢が不明だが、恐らく14〜15歳くらいだろう。彼は未だ、善にでも悪にでもなる。一番恐ろしいのは、彼の好奇心だ。好奇心に煽られ、あの異能を悪の道に使われたら、異能教徒もきっと見過ごさない」
「つまり、異能祓魔院で監視する、と言うことですか?」
「そうだ。きっと、今の楽の力ですら、あの悪霊と手を組めば俺一人では止められない。だが幸い、体調やこの寺院の神様の力、それに、俺たち祓魔隊の力があれば、楽のあの力は抑えることが出来る」
「そりゃ、タバコも吸いたくなっちゃいますね」
睦月は、フハッと笑い声を漏らす。
「確かに気苦労は多いな。でも、アイツが霊魂を祓った時に、ご祈祷の力を確かに実感していた。これは俺の直感でしかないが、アイツはきっと、いい祓魔師になる」
その言葉に、呆れた顔のシスターも笑う。
「隊長がそう感じたのなら仕方ありませんね」
「いつも面倒を掛けるな。シスター」
「無理だと感じた時には、私の力を使ってください。こちらこそ、いつも守ってくれてありがとうございます」
そう告げると、睦月の背中に一礼し、シスターは寺院内へと戻って行った。