テラーノベル
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初
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アナウンスが一段階、近くなる。
次の電車が入ってくる音が、ホームの奥から押し寄せてきた。
風がまた流れ始める。
その中で、彼はまだ動かなかった。
一歩だけ近づいたまま、その位置で止まっている。
⸻
「また会ってもいいですか」
その言葉が、少し遅れて頭に届く。
俺は彼を見たまま、すぐには返さない。
電車の光がホームの端に差し込んで、彼の影を少しだけ伸ばした。
た。
⸻
「……会って、どうするんだ」
自分でも意外なくらい、冷静な声が出る。
彼は少しだけ視線を落として、それからすぐ上げた。
「ちゃんと、話したいです」
「話すって何を」
「一年分です」
⸻
簡単な言葉なのに、重い。
彼は一歩、また半歩だけ近づく。
今度は白線のすぐ手前で止まる。
もう、手を伸ばせば届く距離だった。
⸻
「妹は?」
俺がそう言った瞬間、彼の動きが止まる。
ほんの一瞬だけ、呼吸が遅れるのが分かった。
⸻
「もう関係ないです」
「簡単に言うな」
思わず声が少しだけ強くなる。
すると彼は、初めてほんの少しだけ眉を寄せた。
「簡単じゃないです」
⸻
その言い方は、初めて少しだけ感情が混じっていた。
⸻
電車がホームに滑り込む。
風圧で、彼の前髪がわずかに揺れる。
それでも彼は目を逸らさない。
⸻
「俺はさ」
言いながら、一歩だけ下がろうとして、やめた。
下がる理由がもうはっきりしない。
「お前のそういうの、ずっと分かんないままなんだけど」
⸻
彼はすぐに答えなかった。
代わりに、ポケットから手を出した。
その動きが、妙にゆっくり見えた。
⸻
「分からなくていいです」
「は?」
「分かってほしいわけじゃないので」
⸻
その言葉は、少しだけ寂しいのに、妙にまっすぐだった。
⸻
電車のドアが開く。
人がまた流れ始める。
でも二人の間だけ、その流れが避けていくみたいだった。
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「じゃあ何だよ」
俺の声は、少しだけ低くなる。
彼は一瞬だけ迷ってから、言った。
⸻
「選んでほしいだけです」
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その瞬間、周りの音が少し遠くなる。
選ぶ、という言葉だけが残る。
⸻
「……何を」
俺が聞くと、彼は一度だけ息を吸った。
そして、はっきり言う。
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「僕か、何もないままか」
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電車の中から人の視線が少し流れてくる。
でも、もう気にならない距離だった。
⸻
俺は彼を見る。
さっきよりも近い距離で。
逃げるなら今だ、と頭のどこかが言っているのに、足は動かない。
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「勝手だな」
そう言うと、彼は少しだけ目を細めた。
「よく言われます」
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そのやり取りに、ほんの少しだけ空気が緩む。
⸻
電車のドアが閉まりかける。
ピピッ、と警告音。
⸻
その瞬間だった。
彼が、ほんの数センチだけ白線を越えた。
もう一歩じゃない。
ほんの、半歩。
⸻
「今じゃなくてもいいです」
声が少しだけ低くなる。
「でも、逃げないでください」
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その言葉で、初めてはっきり分かった。
これは押しているんじゃない。
待っているでもない。
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“逃げ道を塞いでいる”。
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電車のドアが閉まる。
残されたホームに、音だけが戻る。
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俺はゆっくり息を吐く。
そして、ようやく言う。
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「……とりあえず、次の電車までな」
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その言葉に、彼の目が少しだけ揺れた。
でもすぐに、ほんのわずかに笑う。
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「はい」
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その一言で、まだ“終わってない側”に二人とも立ったままだと分かる。
ホームの明かりが、少しだけ暖かく見えた。
茶柱🍵🎴
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コメント
3件
リオンです。第5話、読み終えました。 「逃げ道を塞いでいる」——この一文がすべてだなと思いました。押すわけでも待つわけでもない、ただ逃げられない場所に立たせる。その距離感の設計が本当に巧い。改札でもベンチでもなく「電車が来る直前のホーム」という限定された時間と空間を選んだことで、会話の一語一語に緊張感が宿ってる。「次の電車まで」という返しで初めて空気が緩む流れも、構造として美しかった。二人の間だけ人の流れが避けていく描写の、視覚的な説得力が好きです。