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みもざ
145
kurara
8,059
48
ひより
991
【注意】
・暴力、自傷行為描写あり
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施設へ戻る足取りは、太陽の園を去る時よりも一段と重くなっていた。門をくぐった瞬間、あの温かな空気は冷たいコンクリートの壁に遮断され、元貴の心は再び戦闘態勢へと切り替わる。
玄関を開けると、淀んだ空気が鼻を突く。大勢の人間が同じ場所で生活している特有の色々な匂いが混ざった空気だ。リビングからは、誰かが大音量で流しているゲームの音と、誰かが喧嘩をしているのか、怒鳴り声が聞こえてくる。
「おい、元貴。どこ行ってたんだよ」
廊下の向こうから、中学生の健斗がニヤつきながら歩いてきた。健斗の背後には、いつも金魚のフンのようについて回る年下の少年が二人。胸の鼓動が速くなる。
この施設にいる子供たちは、みな平穏な家庭を知らない。親に殴られた者、食事さえ与えられなかった者、あるいは存在そのものを否定されてきた者。
暴力が身近にあったせいで、自らもそれを行うことで安心を得ようとする者もいる。
「……別に。普通に帰ってきただけだけど」
元貴は短く答え、視線を合わせずに通り過ぎようとした。だが、健斗がその肩を強く掴み、壁へと叩きつける。
「嘘つけよ。お前、さっき大人と歩いてただろ。誰だよ、あれ」
取り巻きの少年たちが、ニヤニヤと下品に笑う。奥歯がギリリと鳴った。
涼先生は巻き込みたくない。
その一心で、元貴の瞳は真っ黒に濁っていく。
「……お前には関係ねぇよ」
「あ?んだてめぇ!!」
健斗の拳が、元貴の腹部にめり込んだ。
息が止まる。しかし、痛みが走るよりも先に、体は反射で動いていた。逃げるのではない。相手の喉元へ向かって、獣のように飛びかかった。
大人が見ていない喧嘩には、ルールも手加減もない。髪を掴み、顔を殴り、地面に組み伏せて、相手が動かなくなるまで叩く。
元貴もまた、その連鎖の中にどっぷりと浸かっていた。殴られれば殴り返す。傷が増えれば、その分だけ自分を守れているような錯覚に陥る。
「おい!!何してる!!」
通りかかった職員が声を張り上げた。
だが、その声には一切の慈愛も心配も含まれていない。ただ、面倒事が起きたという苛立ちだけだった。
「元貴! またお前か! いつもいつも、そうやってすぐ手を出して! いい加減にしろ!」
職員は、両者から話を聞くなどしようともしない。元貴の頬が腫れ、唇から血が流れていることに気づいても、「手当をしよう」という言葉一つ出てこない。ただ、騒ぎを鎮めるために怒鳴り散らし、その後のケアは何もしない。それがこの施設の日常だった。
元貴は、よろよろと立ち上がった。職員の背中に向かって「死ね」と心の中で吐き捨て、リビングに向かった。
午後9時。
寝息が聞こえてくる二人部屋の隅。
元貴はズボンの裾を捲り、ふくらはぎを撫でた。
涼先生が巻いてくれた包帯。アザ以外の切り傷には大きい絆創膏を貼ってくれた。しかしそれは、健斗に蹴られた衝撃でじわりと血が滲んでいる。
(……汚しちゃった)
せっかく綺麗にしてもらったのに。
現実は、あっさりと自分を泥沼へと引き戻す。
元貴は毛布を頭から被り、暗闇の中で一点を見つめた。
みんな、嫌いだった。
怒鳴るだけの職員も、見て見ぬふりをする教師も。
けれど、涼先生は違った。
先生は、僕の傷を見て、泣いた。
僕のために、自分のことのように涙を流した。
水で濡れた包帯の感触を、指先で何度もなぞる。
あの部屋にいた時の自分は、ほんの一瞬だけ、普通の子どもに戻れたような気がしていた。けれど、今こうして施設に戻った自分はどうだ。
先生に会えば会うほど、自分の惨めさが浮き彫りになる。先生の涙が綺麗であればあるほど、自分の中に溜まった黒い濁りが際立って、胸が焼け付くように苦しくなった。
「……っ、…ぅあ、…」
声にならない嗚咽が漏れる。涙が頬を伝い、唇の端の傷に染みてチクチクと痛む。でも、この心の苦しさは、そんな傷の痛みじゃ到底かき消せない。
(消えたい。こんな汚い僕なんか、先生に会っちゃダメだ。あんな綺麗な場所に、僕なんかが……)
元貴は、溢れ出す自己嫌悪を止める術を知らなかった。ただ、この頭の中を埋め尽くす「自分は汚い」という思考を、物理的な衝撃で無理やり追い出したかった。
ゴンッ。
元貴は、ベッドの横のコンクリートの壁に自分の額を叩きつけた。
(痛い。もっと、もっと痛くなれば、何も考えなくて済むのに)
また、ゴンと鈍い音が響く。視界が火花を散らす。それでも足りない。元貴は狂ったように、何度も何度も、自分の頭を壁に打ち付け始めた。
「……っうるせぇなあ!!!」
隣で寝息を立てていた彼が、苛立ちを爆発させて怒鳴った。だが、元貴の耳には届かない。ドン、ドンと、自傷の音が暗い部屋に虚しく響き続ける。
「さっきからゴンゴンうるせぇんだよ!!」
次の瞬間、元貴の体は乱暴にベッドに押し倒された。枕元のリュックが床に落ちる。少年は馬乗りになると、元貴の腕を抑えながら、柔らかい頬をつねった。口の形が歪むほど思いっきりつねられ、視界が潤む。
「お前イラつくと頭ぶつけんのやめろ、うるせぇんだよマジで」
暴れる元貴に嫌気が差したのか、少年は細い首に両手をかけ、力任せに締め上げた。
「……っ、が、っ……!」
喉の奥が潰れるような感覚。酸素が途絶え、視界が狭まる。死の恐怖が全身を駆け巡る。元貴は本能的に、馬乗りになった少年の腕を爪が食い込むほど強く引っ掻き、足をバタつかせて暴れた。
「ぅあ”ぁっ、ぅ”、ぅう”ーっ、!!」
唸り声が深夜の静まり返った廊下に響き渡る。
バタバタと、激しい足音がこちらに近づいてきた。
「まだ起きてんのか!!」
部屋の電気が、カチッと音を立てて点いた。眩しい光に目が眩む。そこには、不機嫌そうな職員が立っていた。
「またお前らか! 夜中に騒ぐなと言ってるだろ!」
職員は、首を絞められていた元貴の状況など一切確認しなかった。馬乗りになっていた少年を引き剥がすと、その勢いのまま、力任せに平手打ちした。
パァン!
乾いた音が部屋に響く。そして、まだ息を乱して倒れ込んでいる元貴の元へ歩み寄ると、唾が飛ばしながら叫ぶ。
「早く寝ろ!! 明日も同じことをしたら、二人とも食事抜きにするからな!」
職員は、赤紫に腫れている元貴の額をチラリと見たあと、それだけを吐き捨てた。そのまま電気を消して、乱暴にドアを閉めて去っていく。
再び訪れた暗闇。部屋には、叩かれた少年の鼻をすする音と、元貴の荒い呼吸だけが残された。
布団を頭から被り、体を丸める。
頬の痛み。首の痛み。額の痛み。
全身が悲鳴を上げている。
でも、そんなのより一番痛いのは、。
(……涼先生。僕はやっぱり、先生のところに行けない……)
元貴は、上着のポケットに指を入れた。そこには、藤澤が書いた「月・水・金曜日に会おうね。待ってるよ!𖤐」というメモが入っている。
「……きんようび…あさって、か…」
そう小さく唱え、メモを握りしめる。そうするだけで、ズキズキと痛む全身の傷が、少しだけ麻痺していくような気がした。
瞼の裏には、夕暮れ時の光景が浮かんでいた。
コメント
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4話が更新されるのを心待ちにしています!fjmrのペア好きなのでこのノベルの連載始まったときめちゃめちゃ嬉しかったですーー!
続き楽しみにしてます!!
更新ありがとうございます😭 苦しくて涙出ました😭 周りの環境でみんな自分を守るのに必死でこの暗い切ない感じを文字に表すのが上手で、ひよりさんが書くお話本当に読んでいて楽しいです🥹 学校の人も施設の人も❤️くんに酷いことばかりでそのせいで唯一できた💛先生との居場所も自信を無くして進んでいけない❤️くんが可哀想で切なくて😭😭 ここからどうなっていくのか楽しみです🫶🏻✨