テラーノベル
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病室は静かだった。
規則正しい機械音だけが響いている。
伊波ライは、ベッドのそばから動けずにいた。
白いシーツの中で眠る緋八マナは、驚くほど細く見えた。
こんなに痩せていたんだ。
今さら気づく。
ちゃんと見ていなかった。
いや、見ようとしていなかった。
自分のことで精一杯で、
苦しくて、
余裕がなくて。
その結果、マナを傷つけた。
何度も。
何度も。
ライは震える手を握りしめる。
マナの腕には、薄く残った痣が見えた。
全部、自分がつけたもの。
見るたびに吐き気がした。
「……最低だ」
掠れた声が落ちる。
昔の自分なら、絶対に許せなかったはずなのに。
どうしてこんな人間になってしまったんだろう。
ライは俯いたまま、小さく息を吐く。
その時。
「……ライ」
かすれた声。
ライは勢いよく顔を上げた。
マナがゆっくり目を開けていた。
「マナ……!」
ライは思わず立ち上がる。
けれど、マナの身体がびくっと震えた。
その反応に、ライの動きが止まる。
怖がられている。
当然だった。
ライはゆっくり後ろへ下がる。
「……ごめん」
声が震えた。
「ほんと、ごめん……」
マナはぼんやりした目でライを見る。
「……ライ、仕事は」
「いい」
即答だった。
「そんなのどうでもいい」
ライは唇を噛む。
「俺、お前のこと……」
そこから先がうまく言えない。
苦しくて、情けなくて。
涙が滲む。
「ごめん……」
結局、それしか言えなかった。
マナはしばらく黙っていた。
やがて、小さな声で言う。
「……ライ、寝てないの」
「……え」
「顔、ひどい」
ライは息を飲む。
こんな状況なのに、マナはまだ自分を気にしている。
胸が痛かった。
「なんで……」
「……?」
「なんでまだ俺の心配すんの」
マナは少し困ったように笑った。
「好き、だから……」
その言葉が、ライの胸を深く抉る。
耐えきれなかった。
ライは顔を覆う。
肩が震える。
「っ、ごめ……ごめん、マナ……」
声がぐちゃぐちゃだった。
「俺、最低だ……」
「……」
「お前のこと傷つけて、怖がらせて……」
涙が止まらない。
「ほんとは、ずっと苦しかったのに」
マナは静かにライを見つめていた。
ライは震える声で続ける。
「会社、辞める」
マナの目が少し開かれる。
「え……」
「もう無理だ。あんなとこいたら、俺……またお前傷つける」
ライは自分の手を見る。
その手で、マナを叩いた。
押し倒した。
泣かせた。
そんな自分が怖かった。
「ちゃんと病院も行く」
ライは絞り出すように言う。
「……変わりたい」
静かな病室。
マナはしばらく何も言わなかった。
やがて。
「……うん」
小さく頷く。
その瞬間、ライは泣きそうな顔で目を閉じた。
許されたわけじゃない。
傷が消えるわけでもない。
でも。
それでもマナは、まだここにいてくれた。
ライは震える手で、そっとベッドの端を握る。
もう二度と、この手で傷つけない。
そう心の底から思った。
コメント
1件
今回の章は……設定の緻密さよりも、キャラクターの内面描写の巧みさに引き込まれました。特に、ライが「自分の手を見る」場面。あの一瞬で、彼がそれまでどれだけ自責の念と向き合ってきたかが伝わってくる。加虐の記憶と向き合い、変わりたいと口にする——その選択が、マナの「好きだから」という一点だけで引き出された構造が、とても生々しくて良いですね。まだ終着点は見えませんが、この二人の関係の再構築、注視したいと思います。