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少女たちの足音が完全に聞こえなくなった頃、夏蝶はぶつけた頭を手で押えながらゆっくりと立ち上がり、ふらつく身体を壁に預けた。
肺に溜まっていた息を深く吐き出すと、痛みで強ばっていた身体の力が抜けていく。頭をぶつけた衝撃で思考回路が狂ったのかこのまま身体の痛みも抜けてくれれば良いのに、とありもしない考えを思ってしまう。当然、そんなご都合なことが起きるはずもなく、抜けていくのは力だけで身体を蝕むように広がり続ける鈍い痛みだけは抜けてくれなかった。
胃から込上がってくる胃液を何とか堪え、夏蝶は壁に手を伝い、おぼつかない足取りで廊下を進む。
本当はもう少し休んでからにしようと思ったが、ずっと廊下のど真ん中にいてはあの三人の少女のように廊下を通る人たちから邪魔だと言われかねない。我慢しなくちゃ、と夏蝶は歯を食いしばって前を向き、歩みを進めた。
しばらく重たい身体を引き摺るようにして歩いていると、背後から何人もの女性が話しているような声が聞こえた。どうやらそれはこちらに向かってきているようで、話し声が徐々に大きくなる。
夏蝶は焦って、早くその場から去ろうとして走った。
「わっ…!?」
しかし、重たい身体は言うことを聞いてくれず、数歩走ったところで足がもつれ、その場にべチャリと転んでしまった。
左膝に感じる鋭い痛み。背中の次は胴体全体が床に叩きつけられ、咄嗟に受身を取ろうとした腕はなんの意味もなさず、ただ床に擦りむかれ、腕全体に木のささくれが刺さった痛みが広がった。
脳に伝わる激しい痛み。先程受けた痛みがまだ引いていないというのに、また新たな痛みが身体を襲う。
哀れに思えるほど度重なる災難に、夏蝶の中で何かがプツリと切れた。
「うぅ……っ…うえぇえええん…!!!」
甲高く幼い泣き声が廊下に響く。
人の邪魔にならないよう壁にくっつくように歩いていたのに邪魔だと言われ。息が掛かったのかも分からないのに息で着物が汚れたと怒鳴られ。胸ぐらを掴まれたかと思えば壁に突き飛ばされ。いらない子のくせにと蔑まれ。全身が痛むのを我慢して人の邪魔にならないよう歩いていたのに、今度は派手に転ぶなんて。
まだ幼い夏蝶の心は既に限界を超えていた。邪魔だと言われた時から泣きたいのを我慢してきた。突き飛ばされた時の身体の痛みも、いらない子のくせにと言われた時の心の痛みも、全部堪えていたのに。
一度溢れ出した涙は、止まらなかった。