耳をつんざく悲鳴にも似た泣き声。それを一番最初に聞き付けたのは廊下の近くを歩いていた二人の太夫だった。
その太夫たちの名は金襴太夫と茉莉花太夫。店で一番人気の椿妃太夫の次点と謳われ、椿妃太夫と併せ遊女屋の三羽烏と呼ばれている。
二人は何重にも重ねられた重たい衣装を身にまとっているにも関わらず、泣き声が聞こえた瞬間に裾をたくしあげ廊下の曲がり角を飛び出した。
「…えっ、夏蝶!?」
廊下の曲がり角を飛び出した先。左手側の壁側に小さくうずくまりながら泣いている(名前)の姿を見て、茉莉花が驚いた声を上げ、慌てて夏蝶に駆け寄った。
「どうしたの!?転んじゃった!?」
床に膝を付き、転がって泣く夏蝶の顔を覗き込みながら声を掛ける。
「うぇぇええん…!うぇええええん…!!」
それでも夏蝶は泣くばかりで茉莉花の声に応えることはなかった。まだ心が落ち着かないのだろう。落ち着かなければ何があったのか人に話すことが出来ない。ならばせめて慰めようと茉莉花が背中に添えさせた手で夏蝶の背中をさすっても、落ち着くどころかさらに泣いてしまう。
茉莉花もいよいよどうしていいか分からなくなり、助けを求めようと一緒に廊下へ飛び出した金襴の方へと顔を向けた。
形のいい顎に細い指先を添えさせ、わずかに俯きながら何かを考えていた金襴が茉莉花の目線に気がついたのか、ゆっくりと顔を上げる。
「……とりあえず、移動しましょうか」
金襴は茉莉花にそう伝えると、夏蝶に近づくと子猫よろしくヒョイと抱きげ歩き出し、優しく背中を叩きながら「大丈夫よ」と囁く。夏蝶が顔から出るもの全てを出して泣き、左足から血が流れ出て着物を汚していても、嫌な顔ひとつもせず、ただ優しく(名前)をあやしている。
「…姐さん」
「分かってるわ。どうせ八割方、椿妃太夫のとこの禿でしょ」
「うぇええええん!!」
「ほら、当たった」
椿妃太夫のとこの禿。金襴がその言葉を言った瞬間、夏蝶が一層大きな声で泣き叫んだ。
これに茉莉花は項垂れる頭を手で押えながら大きくため息を吐く。
「またあの性悪三人娘の仕業ですか。夏蝶があの三人に泣かされるの、今月入ってもう三度目ですよ!?どうして女将と旦那は何も言わないの!?」
「あの椿妃太夫の禿だからでしょうね」
その言葉に茉莉花の美しい顔が大きく歪む。
「…子供の嫉妬は無垢のうち、ね」
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