テラーノベル
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あの日、私は蝉が鳴く声が轟くあの場所で、天使に恋をしてしまったのかもしれない。
〇月✕日
その日も川での入水に失敗して、とぼとぼと川辺を歩いていた時、その子はいた。
力強く光り輝く太陽が、その子の髪に反射して、きらきらと艶めいていたのを、鮮明に覚えている。
熱を帯びた白い肌に、澄んだ青色の瞳がよく映えていた。その青い瞳が私を捉えた瞬間、息が詰まった。
とても綺麗で、眩しくて、私の目に映る君が天使に見えたのである。
思わず私は声をかけてしまった。
太「_君」
呼び止められた少女は、少しだけ目を丸くしてこちらを見た。
風が吹く。白いワンピースの裾が揺れる。遠くで子供たちの笑う声がした。
夏だった。
焼けるような日差しの下だというのに、彼女だけが妙に涼しげな顔をしていて、まるでこの世界の温度に馴染めていないみたいだった。
「何か御用ですか?」
澄んだ声だった。
鈴の音みたいだ、なんて。柄にもない感想が頭を過る。
私は笑った。いつものように、軽薄で、人好きのする笑みを貼り付けて。
太「いやあ、あまりにも美しい人がいたものだから、つい声をかけてしまってね」
本来なら、こんな台詞はいくらでも軽く吐ける。
相手が呆れようが、警戒しようが、どうでもよかった。
けれど彼女は違った。
「…..変な人ですね。」
困ったように笑うその顔を見た瞬間、胸の奥が僅かに軋んだ。
太「変、かあ。よく言われるよ。」
その日はそんな会話しかしなかった。
もっと話したいことはあったのに、少女はふらっといなくなってしまった。
〇月△日
翌日もその川辺に行った。いや、別に期待してるわけではないけど。
会えるような気がして。
昨日と同じ場所に行くと、本当に彼女はいた。
安堵してしまった自分がいたが、そんなことは気にならなかった。
太「おっ、君は昨日の。」
偶然みたいに話しかけると、少女は振り返って。
「あ、昨日の変な人。」
太「そうやって覚えられてるんだ…..まあ覚えててくれたのは光栄だけれど。」
そう言うと、少女は小さく笑った。
「だって、昨日も変なこと言ってましたし。」
太「酷いなあ。私はこんなにも誠実だというのに。」
「どこがですか。」
即答だった。
思わず吹き出す。
なんだろう。
誰かと話して笑うなんて、随分久しぶりな気がした。
少女は川の方へ視線を戻す。
きらきらと反射する水面を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「でも、昨日より元気そうですね。」
太「ん?」
「昨日、死にそうな顔してたので。」
不意を突かれて、言葉に詰まる。
普通なら、そんなことを言われても適当に受け流せるはずだった。
けれど彼女の声は、妙に真っ直ぐで。
見透かされたみたいで、少しだけ困る。
太「…..君って案外鋭いね。」
「そうですか?」
少女は不思議そうに首を傾げた。
その仕草すら、夏の陽炎みたいに頼りなく見えて。
気づけば私は、また彼女を目で追っていた。
〇月❖日
川辺に行く日課ができた。
毎日毎日、サボって川辺に行く。
彼女は不思議だった。
自分の話をあまりしないくせに、私の話は静かに聞いてくれる。
「太宰さんって、死にたがりなんですね。」
私が自殺愛好家だと知っても責めてこなかった。
そこに妙に安心してしまった。
〇月◇日
ある日彼女はこんなことを言っていた。
「私、来年の夏は嫌いなんです。」
太「どうしてだい?」
そう尋ねると、少女は少しだけ目を細めた。
「…..来ない気がするから。」
太「夏が?」
「ええ。」
彼女は笑った。
「きっと、私には。」
その日は不思議そうに思っていただけだった。
でもこの会話が何故か、夏の日差しで溶けた飴のように、記憶の中に引っ付いて離れなかった。
〇月☆日
その日も川辺に行った。
でも彼女はいなかった。
まあ、約束もしていなかったし、今日はいないだけかな。
なんて思っていた。
次の日も、その次の日も、1週間たっても、来なかった。
△月▢日
あの子のことを探してしまう。
自分でも呆れてしまうくらいに。
探偵社であの子のことを考えていた時、ふと耳に入った。
あの川で女性が自殺したって。
私が彼女に出会ったあの場所だ。
偶然だなんて思いながら、その話を調べた。
彼女だった。
△月¥日
あの川辺で、私は水面を見つめて、遠くから聞こえる蝉の声を聞きながら。
白いワンピースが風ではためく。
青い瞳が細められる。
あの日の君は、あまりにも夏だった。
太「…..どうせなら、私と心中してくれればよかったのに。」
太「…..なんてね。」
返事の代わりみたいに、蝉がうるさく鳴いていた。
夏が来る度に、私は彼女のことを思い出すだろう。
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