気持ちを切り替えてテクテク進んで行くと、富士山にあった魔界の第一層、ムスペルヘイムへのクラックと同様に、オーラの幕みたいなものが通路全体に張ってある場所に出た。
一応警戒して片手を差し込んでみるコユキであったが、良く分からなかったので思い切って全身で入り込み大きく深呼吸をした。
体調に悪影響は感じられなかった、いや寧ろ(むしろ)体中に清浄な力が漲って(みなぎって)いくのを感じる。
何と言うか、全身、それこそ体だけでなく心や記憶、五臓六腑(ごぞうろっぷ)の隅々まで清廉(せいれん)で力強いエネルギーで洗い流されていく感覚で満たされていたのだ。
「おほぉ、何か心地良いわね♪」
思わずついて出たコユキの言葉を裏付けるように、コユキの全身は清められ、ここまで山道を登って来た間に掻いた汗も、いつもその身に帯びていた腋臭(ワキガ)のような独特の臭いのヴェール、だけでなく、着ているツナギやキャップ、スニーカーに付着した泥や汚れまで落とし、新品同様の輝きを放っていたのであった。
綺麗さっぱり、爽やか気分で進み続けたコユキの前に古めかしい和風の建物がそびえ立つのであった。
巨大ではあるが神社や仏閣と言うのではなく、シンプルな脇社や摂社(せっしゃ)を大きくした物といった風情である。
思わず見上げていたコユキの耳に荘厳(そうごん)な大声が響いたが、決して圧(お)し掛かるような物ではなく、穏やかさすら覚えるものであった。
「麿(まろ)の眠りを妨げるは何者じゃ、いづれ主上に仕えし輩(やから)、典薬(てんやく)の者かはたまた陰陽の者、武を極めんとせし芸者の類か? それとも退魔を為す聖女や聖戦士であらんや」
おお、どうやら聖女や聖戦士も訪問客リストには入っているようである。
安心したコユキは声のした方、巨大な社(やしろ)に対して答えるのであった。
「アタシはコユキ! 聖女よ! どうやらライコー様で間違い無いようね!」
「ほう、麿の名を知った上で訪ねたと言うのじゃな? ならば話を聞いてやらねばなるまいて、ほほほ、何を望むのじゃ、聖女よ」
優しそうで話も早い、安堵したコユキはここに来た理由を飛沫を撒き散らせながら一気に語って聞かせるのであった。
「――――という訳なんだけど」
「ふむ、その技が効かない『ばある』という悪魔を成敗する為に、『すきる』に依らない力をもった、『あーてはくと』つまり聖遺物、神聖なる道具を欲してきた、そう言うことじゃな?」
「そうなのよ、で、ライコー様、どう? 丁度良さげな物ってあるかなぁ? あったら貸して、出来たらちょうだい」
「色々あるがな、さて何が良いか? ふむ…… む! むむ? そなた…… 臭いな?」
ここまで普通に話していたのに突然失礼な事を言い出した源(みなもとの)頼光(よりみつ)、ライコーに、いつもなら軽くキレるコユキが頑張って、なるべく丁寧に返す事に決めた、物を貰うのだから当然の配慮といえるだろう、成長を感じる。
「おい、ライコーぉ、様、 初対面で臭いとか中々失礼だなぁ、ですね! 舐めた口きいてっと社ごとぶっ飛ばされんぞぉ、ですよ!」
あらあら、ちょっとオンドレ達に影響されちゃってる感じだ、大丈夫かな?
「え? ああ、ゴメンでおじゃる、臭いって物理的な事じゃなくて聖魔力の事じゃよ、ちょっと|邪《よこしま》な感じがしてのぉ、何か従魔でも使役しとるのかぇ?」
大丈夫みたいだったが、コユキは暫し(しばし)悩んだ素振を見せていた、多分本当の事を言って良いのかどうか、図体に比べて小さめな頭で考えているのだろう。
それはそうだろう、迂闊(うかつ)な事を言って協力を断られれば困ってしまうのだ。
(※先程の発言の事はもう忘れています)
思索を終えたコユキは覚悟を決めたのか、引き締まった表情で言った。
(※他人からは引き締まって見えません)
「ライコー様、正直に言っちゃうけどさ、従魔ってかパーティ組んでる悪魔達なら数十体だけどね…… それよりアタシと相方の聖戦士、正確に言うと聖魔騎士なんだけど…… 自分達自体が悪魔というか『大魔王』なんだよ、分かるかな?」
「っ!! …………名前は? 名は何と言うのか!」
あれ? 思っていたのとは反応が少しおかしいような感じがするが……
「? アタシは真なる聖女コユキ、相方は聖魔騎士の善悪よ、どうぞヨロシク」
「いや、そうじゃなくて…… お前達自身の前身だと言う悪魔の名じゃ、もしやルキフェル、か?」
「っ!? ま、まあそうだけど! ゼウスとかも言われたりするけど、凄いわね! 何で分かったの?」
「もう一度聞くぞ! お前達の名は『ルキフェル』なのだな? 『オハバリ』でも『ニムロド』でも無く『ルキフェル』に相違ないのだな?」
「そ、そうよ、急にどうしたのよライコー様? んな事より、何かちょうだいよ?」
空気を読まず、だけれども貰いに来た『物乞い野郎』根性のコユキを誰が責める事ができるだろうか……