テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
411
178
SS
軍パロ
癖詰
中年
「カオス理論と言うものをご存知ですか」
淹れたての紅茶がゆらゆらと湯気を作り、目の前の書類に丁度よく被さって見えなくなる。
「随分と突然だな」
「答えてください」
「知ってるぞ、初歩程度なら」
薄気味悪い貼り付けた笑みを浮かべながら、エミさんは満足そうに頷いた。
窓の外では雨が降り続いていて、司令塔の灯りだけが夜の闇を押し返していた。
「では質問です」
「ほう」
「この戦争は予測可能だと思いますか」
「…無理だな」
「何故」
間髪入れずに問うエーミールに思わず鼻息が漏れる。
「人間がいるからだ」
「…同意見です」
はぁ、と溜息を付いて答える彼奴の悔しそうな顔を、俺は意外と好んでいるのかもしれない。
「例えば」
机上のチェス駒を一つ動かした。
「前線の兵士が一人、靴紐を結び直すために三秒立ち止まる」
黒のポーン。
「その三秒で砲撃を回避する」
ナイト。
「結果として生存する」
ビショップ。
「その兵士が後に敵司令官を狙撃する」
キング。
「戦況が変わる」
カチリ。
駒が倒れた。
「三秒の遅れが数万人の運命を変える」
「蝶の羽ばたきですね」
「あぁ」
沈黙。
雨音だけが、ノイズのように鳴り響いていた。
「なら」
俺は椅子に深く座り直した。
「俺らが此処で会ったのは、カオス理論のお陰とも言えるな」
目前に居る此奴の指先が止まる。
本当に僅かに。
他人なら気付かない程度。
「そうかもしれません」
「随分曖昧だな」
「証明できませんから」
科学者のような返答だった。
「じゃあ質問変えるわ」
「何でしょう」
「俺がお前を拾わんかったら」
一時の沈黙。
「死んでいたでしょうね」
「随分と即答だな」
「事実です」
此奴がまだ名も無い教授だった頃。
路地裏で厄介な奴らに絡まれているところを見付けた。
それだけ。
本当にそれだけだった。
「なら」
俺は笑う。
「俺の気紛れ一つで、お前の人生は変わったんだな?」
憐れむように、心の底から面白いと思っているように声を出して笑う教授。
「まるで神のような言い方ですね」
「違うのか」
「違います」
その声は妙に静かだった。
「あなたが拾わなくても、別の誰かが拾ったかもしれない」
「かもしれんな」
「あるいは私が生き延びたかもしれない」
「……」
「しかし」
彼は窓の外を見る。
「現実にはあなたが拾った」
雨は止まない。
「カオス理論というのは面白いものです」
「過去を振り返れば因果関係はいくらでも見付かる」
「ですが未来から見れば、それは全て偶然です」
俺は少しだけ息を止めた。
「つまり」
「えぇ」
彼は微笑む。
「あなたと私が出会った意味など、本来どこにも存在しない」
そこで一拍。
「意味があるように見えているだけです」
その言葉はどこか冷たかった。
学者らしい結論。
合理的な結論。
「それでも」
彼は続ける。
「もしあの日に戻ったとしても」
「私は同じ偶然を選びますよ」
雨音だけが響く。
誰も喋らない。
「それは理論じゃなくて」
俺は小さく笑った。
「願望だろ?」
「かもしれません」
終
コメント
3件
すこすこすこ!
この話、めちゃくちゃ好きだわ…。まず冒頭の「カオス理論」から始まる会話の空気感がもう、画面越しにひんやりして伝わってきた。エミさんの貼り付けた笑みと、それに対して「人間がいるからだ」って返すあんたの言葉、しびれる。雨音とチェス駒の倒れる音が、二人だけの夜を作ってる感じがすごくいい。「あなたと私の出会いに意味はない」っていう理屈っぱい結論からの、『もしあの日に戻っても同じ偶然を選ぶ』って台詞…ギャップで殴られたわ。そして最後の「願望だろ?」で全部ひっくり返すの、最高すぎる🔥 次話も絶対読む!