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kaede🍁
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数日後。
阿部はまた、同じ番組の収録へ向かっていた。
個人での仕事。
前回と同じ現場。
車を降りる前。
阿部は一度だけ、小さく息を吐いた。
あのスタッフ、今日もいるかな。
そう思った自分に、少しだけ嫌になる。
別に何かされたわけではない。
告白された。
断った。
それだけ。
相手もその場ではちゃんと引いてくれた。
だから。
気にしすぎ。
そう思うことにした。
収録はいつも通り始まった。
スタッフも出演者も明るい。
阿部も普段通りに笑って、コメントして、求められた役割をこなす。
問題はなかった。
少なくとも最初は。
休憩に入って、阿部が楽屋へ戻ろうとした時だった。
「阿部さん」
後ろから呼ばれる。
振り返ると。
前回のスタッフ。
阿部の表情がほんの少しだけ固くなる。
でもすぐに笑った。
「お疲れさまです」
「お疲れさまです」
相手も普通に笑っている。
手には飲み物が二本。
「これ、よかったら」
差し出された一本。
阿部は少し迷った。
「ありがとうございます」
受け取る。
「阿部さん、これ好きって前に言ってましたよね」
その言葉に。
阿部の指が止まる。
「……覚えてたんですか?」
「もちろん」
笑顔。
普通。
でも。
何となく。
近い。
阿部は一歩だけ、さりげなく距離を取った。
「ありがとうございます」
それだけ言って、楽屋へ戻ろうとする。
でも。
「あの」
また呼び止められる。
阿部が振り返る。
「はい?」
相手は少しだけ声を落とした。
「この前のこと」
阿部の胸がわずかにざわつく。
「すみませんでした」
「いえ」
「急に言って困らせたと思って」
「大丈夫です」
阿部はなるべく穏やかに返す。
そこで終わると思った。
でも。
相手は続けた。
「ただ」
「一つだけ聞いてもいいですか?」
嫌な予感。
今度は。
かなりはっきりした。
「何ですか?」
相手が少し迷ってから聞く。
「目黒さんとは」
阿部の表情が変わる。
「本当に付き合ってるんですか?」
一瞬。
言葉が出なかった。
生配信。
婚姻届。
トレンド。
それだけじゃない。
充電。
アンクレット。
指輪。
二人で作った曲。
普段から。
目黒と阿部の関係は、かなり知られている。
だからこそ。
その質問が。
妙に引っかかった。
「……はい」
阿部ははっきり答える。
「付き合ってます」
相手は少しだけ笑う。
「そうなんですね」
「はい」
阿部はそこで終わらせようとする。
でも。
「ただ」
また。
その言葉。
阿部の眉が少し寄る。
「婚姻届のこと」
「正直」
「演出なのかなって思ってました」
空気が。
少し冷たくなる。
阿部の声も。
少しだけ変わった。
「演出ではないです」
「そうですか」
「でも」
相手はまだ引かない。
「目黒さんって、すごく忙しいじゃないですか」
「ちゃんと阿部さんのこと見てるのかなって」
阿部の中で。
何かが。
はっきりと不快に変わった。
「すみません」
阿部は笑わなかった。
「それ以上は」
「俺たちのことなので」
相手の表情が少し固まる。
「……すみません」
「いえ」
阿部は小さく頭を下げる。
「失礼します」
今度は止まらず、その場を離れた。
楽屋へ戻る。
ドアを閉める。
そこでようやく。
阿部は息を吐いた。
「……何あれ」
小さく呟く。
最初の告白だけなら。
まだ。
気持ちを伝えたかっただけ。
そう思えた。
でも。
今の質問。
演出。
ちゃんと見てるのか。
それは。
阿部の中に。
はっきりと嫌なものを残した。
スマホを見る。
目黒からメッセージ。
『終わったら教えて』
いつもの。
短い連絡。
阿部は少しだけ、画面を見つめる。
言おうかな。
一瞬。
そう思う。
でも。
また。
やめた。
まだ何かされたわけじゃない。
ただ。
変なことを言われただけ。
これを話したら。
目黒は絶対に気にする。
それに。
前に。
自分の執着や心配で阿部を傷つけないようにしようと。
あんなに悩んでいた。
今。
わざわざ。
新しい不安を増やしたくない。
阿部は。
『うん。終わったら連絡するね』
それだけ返した。
収録が終わったのは、予定より少し遅かった。
楽屋へ戻り。
着替える。
スタッフへの挨拶も終わった。
鞄を持とうとして。
阿部が止まる。
「……何これ」
鞄の横。
小さな包み。
見覚えがない。
白い袋。
小さなリボン。
阿部は少しだけ迷ってから手に取る。
名前はない。
でも。
中を見る。
小さなお菓子。
前に。
この番組の雑談で。
好きだと話したことがあるもの。
阿部の表情が固まる。
今日。
飲み物をくれた相手。
そこまで考えて。
嫌な予感が。
今度はかなり強くなる。
「……」
周りを見る。
誰もいない。
置いたところも見ていない。
メモも。
名前もない。
でも。
多分。
分かる。
阿部は。
包みを持ったまま。
しばらく動けなかった。
これ。
どうしよう。
貰うのは。
違う。
そう思う。
持って帰りたくない。
目黒に見られたら。
説明しなければならない。
それも。
今は。
嫌だった。
阿部は。
少し迷ってから。
袋を開けることなく。
ゴミ箱の横へ置いた。
捨てる。
その行動に。
少しだけ罪悪感がある。
でも。
受け取ったことにしたくなかった。
駐車場へ向かう。
歩きながら。
スマホを見る。
『終わった?』
目黒。
阿部は。
すぐに返す。
『今終わったよ』
少しして。
『迎え行こうか?』
阿部は。
その文字を見て。
少しだけ笑う。
でも。
すぐ。
さっきのことを思い出す。
目黒に会ったら。
顔に出るかもしれない。
「……どうしよう」
本当は。
迎えに来てほしい。
会いたい。
でも。
何も言わずに。
いつも通りにできる自信がない。
それでも。
一人で帰るのも。
今日は少し嫌だった。
阿部は。
少し迷ってから。
打つ。
『来てほしい』
送信。
ほとんど間を置かず。
『行く』
返事。
阿部は。
それを見て。
少しだけ。
安心した。
駐車場。
しばらく待つ。
車が入ってくる。
目黒。
阿部は。
その姿を見た瞬間。
胸の奥にあった緊張が。
少しだけほどけた。
「あべちゃん」
車から降りてきた目黒が。
すぐに呼ぶ。
「お疲れさま」
「うん」
「疲れた?」
「ちょっと」
「大丈夫?」
阿部は。
一瞬。
止まる。
今日あったこと。
全部。
言った方がいい。
多分。
分かってる。
でも。
「うん」
阿部は笑った。
「大丈夫」
目黒は。
少しだけ。
阿部の顔を見る。
でも。
それ以上は聞かなかった。
「帰ろ」
「うん」
車に乗る。
外の景色が流れる。
阿部は。
窓の外を見る。
隣。
目黒。
安心する。
でも。
同時に。
胸の奥。
あの言葉と。
あの包みが残っていた。
もう。
気のせいだけではない。
そう思う。
それでも。
今日も。
言わなかった。
目黒を。
嫌な気持ちにさせたくなかった。
心配させたくなかった。
ただ。
それだけ。
でも。
その選択が。
本当に正しいのか。
阿部自身。
少しずつ。
分からなくなっていた。