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古目 つづり
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鏡に映る自分の顔を確認するのが、毎朝のルーティンだ。今朝の鏡に映っていたのは、小柄な少女の顔だった。
華奢な肩幅、細い腕、短く切り揃えられた黒髪。視界の位置が普段より20センチ以上も低い。靴箱の上にある鍵を取ろうとして手が届かず、俺はため息をついた。
(今日は「ミウ」か……)
ミウは5つの人格のうち、唯一の10代半ばの少女だ。
彼女に切り替わると、当然ながら服のサイズは全滅する。俺――主人格である男性の標準体型に合わせたスウェットはブカブカで、袖から手すら出ない。萌え袖どころの騒ぎではない。引きずる裾を雑に捲り上げながら、俺はクロゼットの奥から「ミウ用」に買ってある小さめの服を取り出した。
多重人としての日常は、とにかく金がかかる。
メンズのM〜Lサイズ、女子用のSサイズ、大柄な男用のXLサイズ……クロゼットの中身は、まるでリサイクルショップの陳列棚だ。靴に至っては23.5cmから28.0cmまで並んでいる。
着替えを済ませ、軽く朝食を腹に押し込もうとしたその時だった。
みぞおちの奥が、ぎゅっと締め付けられるような感覚。
――まただ。交代の前兆(シグナル)が来た。
「嘘だろ、朝から連打かよ……っ!」
急激な目まいに襲われ、俺はその場に膝をついた。
ゴリ、と嫌な音が鼓膜の裏で響く。
背骨が急速に伸び、関節が引き引き引き……と軋みを上げて鳴る。皮膚の下で筋肉が膨張し、肩幅が暴力的な勢いで広がっていく。
ミウの華奢な肋骨がミシミシと音を立てて再構築され、胸の膨らみが一瞬で削ぎ落とされた。さっきまでぶかぶかだったTシャツが、一転して悲鳴を上げるように胸元と肩周りを締め付けてくる。ビリッ、と脇の縫い目が裂ける音が聞こえた。
「ぐ、あ……っ!」
視界がぐんぐんと高くなる。足の指先が履いていたスリッパを突き破りそうになり、慌てて脱ぎ捨てた。
呼吸が荒くなり、荒い息が吐き出される。その声は、ミウの高い声ではなく、腹に響くような低い男のものに変わっていた。
十数秒の肉体的地獄を経て、変貌が終わる。
荒い息を整えながら、倒れ込んだ床から立ち上がった。
手のひらを見る。ミウの小さく柔らかい手ではない。節立つ、ゴツゴツとした大きな男の手だ。
鏡の前に立つ。
そこに映っていたのは、鋭い目つきをした30代半ばほどの男――「鉄平(テッペイ)」だった。身長は185センチを超え、体格もがっしりしている。
さっき着替えたばかりのミウの服は、首元と肩が破け、見るも無惨な布切れと化していた。
「……たく、服が一着無駄になったな」
鉄平の声で呟きながら、ため息を吐く。
肉体が激変した直後の倦怠感が、ずっしりと全身にのしかかってくる。骨や筋肉が急速に変形するエネルギー消費は異常で、毎回猛烈な腹の減りと徒労感に襲われるのだ。
俺は破れた服を脱ぎ捨て、XLサイズのパーカーを頭から被った。
5つの肉体と、5つの精神。
交代のタイミングすらコントロールできないこの身体で、俺は今日も「次の誰か」に変わる恐怖と付き合いながら、生きている。
次は、いつ、誰に奪われる?
鏡の中の鉄平と目を合わせながら、俺はただ静かに、次の変貌の気配に耳を澄ませていた。
コメント
1件
うわ、朝からミウ→鉄平の連続交代、容赦ないですね……。服が破ける描写が生々しくて、切り替わりのたびにこんな肉体的負担があるのかとハッとしました。5人格それぞれに服や靴を揃える生活コストの話も、世界観のリアリティをぐっと上げていて好きです。「次は誰に奪われるか」という恐怖と共に生きる日常、これからの展開が気になります。