テラーノベル
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「暇ですね……。」
食堂に備え付けられている時計を眺め、そんなことを呟く。本来だったら今は授業時間。昔から大好きだった星について折角学べると思ったのに、蓋を開けてみれば既に知ってる内容の繰り返しばっかり。だから退屈な授業は今日のようについサボってしまう。まぁ……大学生なんてこんなもんでしょう。
「おー星導じゃん。あれ?3限ってなんか授業入れてなかった?」
不意に声をかけられて振り返る。そこにいたのは同じ学部の友人だった。パソコンを小脇に抱える姿はまさに大学生、という感じだ。
「とびましたよ。テストで点さえ取れば単位貰えるみたいですし、わざわざ受けなくてもいいかなって。」
「流石、特待生の言うことは違うなー。」
茶化すように言われて少しイラッとする。天文学に優れた学校だと聞いたから、志望校を変えてまでこの大学に入ったのに全くもって楽しくない。
「ていうか、星導このあと時間ある?」
急な話題転換にほんの少しだけ顔をあげる。友人は満足気に笑いながら紙切れを差し出した。ハガキほどの大きさのそれは何かのチケットのようだった。
「大学から20分くらいの所にライブハウスあるだろ?本当は午後行く予定だったんだけど、俺レポート期限やばくてさー。暇ならやるよ、それ。」
正直、言われたことにあまりピンとこない。ライブハウスなんてあっただろうか。まぁでも暇だし行ってみてもいいですね。
「それ、もらってもいいですか?」
友人はもちろん!と勢いよくチケットを差し出した。それを受け取るために、姿勢悪く机に突っ伏していた身体を起こし、荷物をまとめる。ついでに用件が済んで立ち去ろうとする友人に声をかけた。
「今度お礼にテストの裏技教えてあげましょうか?」
「え!?いいの!?」
俺は口角をきゅっと上げて友人に言い放つ。
「冗談です。裏技なんて俺も知りませんよ。」
「でたよ虚言癖」なんて言いながらキレている友人を後に、食堂を立ち去った。特待生いじりの仕返しです。
紙切れに記載されている住所へ地図を頼りに向かう。抜け道や普段通らない道を歩いたせいか少し疲れたが、何とかたどり着いたようだ。外観は一見してみれば飲食店のような雰囲気を出しているが、よく見ると立て看板にMusicと書いてある。周りにある建物よりも一回りくらい大きいし、ここで間違いないだろう。
開演時間は……少し過ぎてしまっているが大丈夫だろうか。受付にいるスタッフらしき人にちらりと目をやると、一瞬驚いたような顔をされた。でもすぐに大きな瞳をきらきらと輝かせながら、愛嬌のある笑顔で話しかけられる。
「ご入場ですか!?」
少年のような爽やかな声にびっくりする。背丈的にも高校生だろうか。帽子で見えづらいが前髪に黄緑のメッシュが入っていてオシャレだなーなんて思う。
「はい。これで入れますか?」
俺の差し出したチケットをさっと確認すると、スタッフの青年は奥の方にある扉を指さした。
「あちらからお入りいただけます。ぜひ楽しんでください!」
指示の通りに歩みを進める。扉近くに今日公演予定のライブについてのチラシがあったので1枚取っておくことにした。期待を募らせながら扉を開くと中は思ってたよりも小規模だった。30人くらいの人が一定の間隔をあけてあちこちに散らばっている。
その中でも気になるのは中年くらいの歳の男性が多いってこと。多いっていうかほとんどがそう。俺と同じくらいの歳の女性も何人かいるがけして多くはない。
今は不運にも曲の切れ目だったらしく、音を立てて開いた扉のせいで視線が集まって気まずい。視線に気づかないふりをしながら壁際の端っこの方からステージを眺める。チラシのセトリ的に……ちょうど最初のバンドが終わった頃だろう。次に出てくるのは四人組のメンズアイドルらしい。テレビではよく見るが、果たしてこういう所の男性アイドルってどんな感じなのだろうか。
なんてことを考えていると不意に照明が暗くなり、次に明るくなったときにはステージに人が立っていた。瞬間女性達から黄色い悲鳴が飛び交う。多分この人達目当てで来てる人達なのだろう。
それにひきかえ、周りの男性達は興味がなさそうに下を向いている。多分目当てのアイドルが別にいるのだろう。あ、でもあの人はちゃんと見てる。自分からちょうど反対の位置にいる黒髪の男性は、じっとステージを見つめているようだ。
ステージの上の人たちはこんな状況に慣れているのか特に驚いた様子もなく、笑顔で客席に手を振っている。……いや、一番右の人だけつんと澄ました顔で客席を眺めている。クール系なんですかね。綺麗な青っぽいグレーの髪に切れ長の瞳、すらっとした立ち姿がいかにも女性ウケしそうだ。
というか4人とも想像していたより数倍整った顔で……正直ちょっと驚いた。曲が始まると4人の歌声がホール全体に響き渡る。わ……歌もお上手ですね。4人とも声質こそ違うが、相性がいいのかすっと耳に入ってくる感じが心地良い。
もっと聞きたいと思ったが生憎、一曲で終わりらしい。4人が軽く礼をして舞台袖へはけていく。暇つぶしに来たがかなり楽しかった。今度友人に会ったらお礼を言っておこう。
次に出てきたのは6人組の女性グループだった。気になるのは……なんか露出が多い気がするってこと。あと明らか男性達の盛り上がりがすごいこと。さっきまで居たファンの女性たちはいつの間にか居なくなっていて、今客席には男性しかいない。曲も歌そっちのけでファンに対する呼びかけがメインだったり、際どい感じの振りが多かったりで……正直あまり好きじゃない。
入退場は自由のようだしもう出てもいっか。そう思いドアに手をかけるとステージにいる1人から甘ったるい声が飛んできた。
「また来てくださいね〜♡」
うわこんなこと言われるのかよと内心思ったが、一応軽く会釈して逃げるようにホールを出た。出る瞬間に何人かのファンから睨まれた気がする。こんなことならあの四人組が終わったら早く出ればよかったと今更後悔した。
出口を探して受付付近を見ると、来た時には無かったスペースができていた。雑なパーテーションで区切られたそこには、先ほどの女性ファン達が何やら楽しそうに並んでいる。もしやこれは……チェキ会!?噂には聞いたことがあるが、実際やってるものなのだなぁとちょっと感動した。
「あの〜。」
興味を惹かれて遠目に眺めていると、後ろから聞き覚えのあるスタッフさんの声が聞こえた。
「良ければチェキ会参加しませんか!?」
「え…でも券とか持ってないですよ……?」
困惑を隠せない俺を見てスタッフさんはにやりと不敵に笑う。そして、胸ポケットから取り出した紙を手に自信アリ気に言い放つ。
「それがなんと!初回チェキ無料です!!」
「おぉ〜!」
話し上手な彼に思わず感心して拍手してしまった。完全に乗せられてしまった俺は、是非!是非!と差し出される券を手に取る。流されるまま列に並ぶと、ちょうど前に並んでいた人のチェキ会が終わったようだった。パーテーションからちらりと顔を出すと、案の定さっきの四人組がいる。スタッフさんに連れられて近づくと、四人の方から声をかけられた。
「お兄さん1人なん!?珍しいなぁ…。」
「僕らのファンって女性が多いもんなぁ。」
「いや、もう1人男のファンっぽい人がいるにはいるんだけど……。」
余程仲がいいのだろう、ほぼ俺を抜きに話が進んでいく。ただ一人、クール系だと勝手に思っている彼だけは、どこか冷めた表情で彼方を見つめている。
「ってこっちだけで話してどうすんねん!!お兄さん今日の俺らのライブどうやった!?」
乗りツッコミを決めた彼はこてこての関西弁で、さっき歌ってたときとのギャップがすごい。
「とっても素敵でした!もっと聞いてたかったですよ〜。」
俺の言葉に3人は嬉しそうに顔をほころばせる。その後も、今回の歌のこだわりポイントを語って聞かせてくれた。
「そろそろお時間ですー。」
タイマーらしき音がなりスタッフさんがカメラを持って現れた。そう言われても初めての体験すぎてどうしたらいいのかわからない…!そんな俺を見越してか、ムキムキで背の高い彼が話しかけてくれた。
「お兄さんチェキ会のシステムわかる?」
「いや〜全く……。」
「僕らん中から一人選んで一緒にチェキ撮れるんよ。……誰にする?」
白髪で少しあどけない顔の彼がいたずらっぽく笑う。一人選ぶ……か。全員の顔をチラリと見る。3人は俺でしょ?いや僕やろ!なんてまた仲良さそうに談笑している。正直言って皆魅力的すぎて選びずらい。でも、やっぱり一番気になるのは……
「あなたにお願いしてもいいですか?」
「…………俺?」
やっと目が合った。月をそのまま持ってきたような美しい瞳の彼は、俺を一瞥したあと気だるげに頷いた。そのままスタッフさんに促されて撮影スペースに移動する。カメラの準備ができるのを待っている時、ずっと無言だった彼がぽつりと呟いた。
「なんで俺指名なの?」
疑問……というよりは嫌悪を滲ませた声が響く。こんなあからさまに嫌な感じを出されると、この人アイドルとして大丈夫なのだろうか、なんて思ってしまう。まぁ俺が言えた立場じゃないですけどね。ちょっとだけ仕返ししてやろうと思い、彼の方を見て真剣な顔で言ってみた。
「んー…嫌がらせですかね。」
「……は。」
目を見開いて、まさかそんな返事が返ってくるとは……とでも言うような困惑の浮かぶ顔に思わず笑ってしまう。勝手にクール系だと思ってたけど意外と表情豊かだな、なんて思いながらヘラヘラと笑っている俺を彼は睨みつけてきた。
「冗談です。そんなに怖い顔しないでください。」
まだ何か言いたげだったが、スタッフさんにカメラを向けられたのをきっかけに、その口はきゅっと閉じられた。相変わらず不機嫌そうな顔で、シャッターが切られるのを待っている。チェキってもっとにこにこするもんじゃないんですか?
「ポーズお願いしまーす。」
スタッフさんにそう言われたものの、初めての俺には相場というものがわからない。彼は相変わらず面倒そうにこちらを眺めていて、多分俺の指示を待っているのだろう。どうしよ……何か、何かチェキっぽいポーズ……。
「あの……ぐーとハートのポーズやりたいです!」
正式名称が分からず抽象的な要求になってしまい、訝しげに首を傾げる彼に申しわけなさが積もる。親指を突き立てる俺を見て意味を理解したのか、渋々というように片手でハートを作ってくれた。
「……?あ、はい!3、2、1………」
カシャッと小気味いい音が鳴り、白いフラッシュが光る。機械からすぐにチェキが出てきて、それを受け取った彼はさらさらとサインを書き始めた。その様子をぼーっと眺めているうちに、さっき聞いた曲良かったな……なんて考えが浮かんでくる。
「次のライブはいつあるんですか?」
好奇心からそんなことを尋ねると、驚いたように彼は顔をあげた。何か変なことを言ってしまったのかと思い小首を傾げる。
「来週の木曜だけど……え、また来んの?」
木曜はサボっても問題ない授業ばかりなので 来週も行けるのは確実だろう。
「行きますよ!また曲聴きたいですし…!」
「……そう。」
あ、笑った。癖なのか少し下を向いて小さく口角をあげる彼をまじまじと見つめる。むすっとしてるより笑ってるほうがかっこいいな、なんて彼の大ファンのようなことを思ってしまった。
「お出口あちらでーす。」
はい、と渡されたチェキを手に出口へ向かう。ブースを抜ける前にちらりと振り返ると、彼はぎこちなく会釈をしてくれた。俺が最初に抱いたクール系という印象は薄まり、代わりに”彼”が本当はどんな人なのか知りたいという気持ちが強くなる。
……あれ、そういえば俺名前知らなくないですか?怒涛の展開すぎて完全に失念してしまっていた。何か書かれてないかと思いさっきもらったチェキを見ると、運良く名前が書かれているのに気づく。
「……ロウ?」
ローマ字でかかれたそれは、はっきり”ロウ”と書かれていた。
「ロウ……ロウくんね。」
独りつぶやいた声は、夕方になり人通りの増えた街に消える。このチェキどこにしまおうかな……なんて考えていると、最近変えたばっかりでクリアなままのスマホケースが目に入った。……まぁひとまずはここに。
行きに来たときと同じ道順で駅へと向かう。大学生になって初めて、来週が待ち遠しいなんて思った。スマホの裏を眺め、弾む足取りのまま俺は帰路に着いた。
いかがだったでしょうか?
だいぶ長いですよね。好評だったらぼちぼち更新しますし、あんまり需要なさそうでしたらひっそりと消します…。
また、長編モノをあげといて恐縮なのですが、8月上旬までかなり忙しいので投稿が半月程度無くなります。すみません🙇♀
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