「わあ、綺麗…」
翌日、12月25日のクリスマス。
真里亜と文哉は、セント・パトリック大聖堂に来ていた。
ミサに参列したい、と告げると、快く中に招き入れられる。
高い天井と壁一面に広がるステンドグラスを見上げて、真里亜は思わず感嘆の声を洩らす。
「あのバラのステンドグラス、なんて見事なのかしら」
「ああ、そうだな。ここにいるだけで、身が引き締まる。神聖な気持ちになるよ」
「本当に」
ネオゴシック様式の美しい装飾、7855本もある豪華なパイプオルガン、ティファニーがデザインした黄金の祭壇。
どれもが豪華で、荘厳な雰囲気に包まれていた。
やがてミサが始まった。
キリストの教えに気持ちを改め、パイプオルガンの音色に心を震わせ、賛美歌の美しさに胸を打たれる。
クリスマスとはこういう日なのだと、二人は身を持って感じていた。
夜はホテルの部屋でルームサービスを頼み、最後に甘いクリスマスケーキを食べる。
だがそのあとは、もっともっと甘い夜を二人で過ごした。
翌日。
いよいよニューヨークを発つ日がやってきた。
朝からパッキングし、ホテルをチェックアウトしてからクロークに荷物を預けて街に出掛ける。
「どこに行く?」
「んー。昼過ぎには空港に向かうから、近場をうろうろしましょうか」
「そうだな」
二人はしっかりと手を握り合い、最後のショッピングを楽しむ。
「真里亜、クリスマスプレゼント何がいい?」
「え?そんな、いらないです。もう充分、色々してもらったから」
「俺が真里亜に贈りたいの!ほら、行こう」
文哉は真里亜の手を引いて、ティファニーに連れて来た。
「どれがいい?ネックレス、それとも指輪?」
「いえ、あの。本当に何も…」
真里亜は店の雰囲気に気後れして、後ずさる。
「これは?」
文哉がショーケースの中のブレスレットを指差す。
あ、可愛い…と思った真里亜は、ふと値札を見てびっくりたまげた。
「ゼ、ゼロが!ゼロがたくさん!円にしたらいくらなの?」
「それはいいから。あ、こっちはどう?」
「ひーっ!桁が!読めない。すぐには分かんない!」
「ああもう、うるさい!黙ってろ!」
(えっ、ここでいきなり鬼軍曹?!やっぱりいたのね、鬼軍曹)
真里亜は、ササーッと後ろに控えた。
文哉はスタッフの女性と話しながら、次々とショーケースからアクセサリーを取り出してもらっては考え込んでいる。
暇になった真里亜は、ウロウロと違うコーナーを見て回った。
(あっ!このマグカップいいな。ふふ、お揃いで買っちゃおう)
真里亜はすぐさま会計を済ませると、綺麗なティファニーブルーの紙袋を見て微笑む。
文哉には内緒にしようと、肩から掛けていたトートバッグにしまってから、アクセサリーコーナーに戻った。
「真里亜!カフェに行こう」
戻って来た真里亜を見るなり、文哉はご機嫌で声をかける。
「え、カフェって、どこの?」
「上の階の、ティファニーのカフェ」
「ええ?!すごく人気で予約取れないんじゃ…」
真里亜は怪訝な面持ちで尋ねた。
「それがさ、アクセサリーコーナーのスタッフにカフェの話したら、内線で聞いてくれて。たまたま時間になっても現れない人がいるらしく、今すぐなら案内出来るって」
「本当に?!」
「ああ。ほら、行こう」
「うん!」
二人はウキウキとカフェに向かう。
「わあ!もうまさにティファニーワールドって感じですね」
真里亜は、メニューよりも先に店内を見回してうっとりする。
「そうだな。やっぱりオーダーは、朝食?」
「ふふっ。ティファニーで朝食を、ですものね」
映画の世界にいるような夢見心地のまま、真里亜は美味しい朝食を味わう。
「私、高校生の頃、自分の部屋の壁にオードリー・ヘプバーンのポスター貼ってたんです」
真里亜の話に、文哉は、へえーと驚く。
「オードリー・ヘプバーンなんて昔の女優さんなのに、知ってたの?」
「はい。『ローマの休日』が大好きで。もう佇まいとかオーラが美しいったらないですよね」
「ああ。俺もあの映画は憧れたなあ」
「え?副社長も観たんですか?」
「映画館でリバイバル上映された時にな」
ええー?!と真里亜は声を上げる。
「映画館で?素敵!私、DVDでしか観たことなくて」
「じゃあ、いつか一緒に映画館に観に行こう」
「はい!」
とびきりの笑顔をみせる真里亜に微笑んでから、文哉はジャケットの内ポケットに手を入れた。
「真里亜。これ、クリスマスプレゼント」
えっ、と真里亜は目を見開く。
「買ってくれてたんですか?」
「当たり前だろ?何しに来たんだ」
「あ、はい」
真里亜はおずおずと、文哉が差し出したティファニーブルーの箱を受け取る。
「開けてみてもいいですか?」
「もちろん」
白いリボンをそっと解いてから、真里亜は箱を開けた。
中に入っていたのは、ダイヤモンドが眩く煌めくネックレス。
「わあ…なんて綺麗…」
真里亜はしばし言葉を失う。
花びらのようにも、雪の結晶のようにも見えるデザインで、大きさは控えめだが、ダイヤモンドの存在感に思わず目を奪われる。
「着けてみて」
文哉が促すが、真里亜は思わず首を振る。
「私なんかが、こんな高価なもの…」
「何言ってるの?真里亜に似合うと思って選んだのに」
「いや、でもこれ…」
さっきの様子からすると、とてつもなく値が張るものに違いない。
自分にこれを着ける資格があるのか?と躊躇していると、文哉が小さく問いかけてきた。
「もしかして、気に入らない?」
「いえ!まさか。とっても素敵です!可愛くて綺麗で、ひと目惚れしました」
「良かった」
文哉は微笑むと、真里亜が手にしているケースからネックレスを取る。
「真里亜、ほら」
ようやく真里亜は頷いて、文哉から受け取ったネックレスをそっと着けてみた。
鎖骨のラインのちょうど中央に、可憐で美しいダイヤモンドの花が輝く。
「うん、よく似合ってる」
真里亜は照れて顔を赤くしながら、文哉に頭を下げた。
「こんな素敵なクリスマスプレゼントを、ありがとうございます、副社長。ずっと大切にしますね」
「どういたしまして」
にっこりと答えたあと、文哉は、ん?と眉根を寄せる。
「真里亜。なんでまた『副社長』に戻ってるの?」
「え?それは、だって。普段はやっぱり副社長としか…」
「ふーん。ベッドの中でしか名前は呼べないってことか。それなら毎晩抱くしかないな」
「ふ、副社長!こんなところで、なんてことを…」
真里亜は、日本人が近くにいないかキョロキョロする。
「ははっ!確かに、昼間は副社長って呼ぶ真里亜が、夜には俺の名前を呼んでくれるギャップを楽しむのも悪くないな」
「ですから!こんなところでそんな話は…」
「分かったよ。続きはベッドでな」
「だーかーら!副社長!」
「あはは!」
嬉しいやら恥ずかしいやら。
照れるけど幸せで…。
真里亜は胸元のネックレスに手をやり、そっと微笑む。
思いがけずニューヨーク最後の思い出は、ティファニーでの夢のようなひとときとなった。