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夏休み最終日。
毎年夏休み最終日は夏休みの宿題を終わらせてなくて焦ってやっている学生や、2学期へ期待を膨らませる学生、部活や学校がだるいと思 う学生。
きっと皆それぞれ思う事はあると思う。 そんな沢山の思いが飛び交う中、俺は高校生になり最初の夏を満喫していた。 そのタイミングで俺の兄貴、陽ノ本当も久しぶりに自宅へ帰省してきた。 兄貴は俺とは違う高校へ行っていて寮生活だから、こうやってちゃんと対面で会う事はなかなか無い。 唯一会えるのは夏休みとかの長期休みくらいだ。 俺の兄貴、陽ノ本当は高校野球界隈では有名な帝徳高校へ通っている。 肝心の俺は、都立であまり名も知られていない小手指高校へ進学した。 でもそれは昔の話。 今はチームメイトも増え、着実に成長して力を伸ばしている。 理由としては兄貴と離れたままが良かったこともあるけど、一番はあの清峰葉流火と要圭の「怪物バッテリー」が居ることだった。 俺は、昔から兄貴と比べられていた。 どれだけ凄いことをしようとも「陽ノ本当」の弟だから」の一言で片付けられていた。 正直俺自身兄貴の事は誇りに思っていたし、「俺もいつか兄貴みたいになりたい」と思い、幼い頃から兄貴の背中を追っていた。 けれど俺は結局限界を迎えてしまった。 兄貴と比較され、出来ないことがあれば「当君は出来るのに」と周りから冷たい視線で見られる。 それに俺は嫌気が差してしまった。 そう言われた日は一晩中泣いた。 踠いて苦しんだ。 兄貴にとって「陽ノ本当の弟」である俺という存在は、ただの見栄えの良いお飾りなんだろうと思った。 夏休みに兄貴と再会するまでは。 夏休みに入って少し経ってから兄は家へ帰ってきた。 帰ってきて父さんや母さんからは、「おかえり」「お疲れ様」と沢山祝福されていた。
俺は「久しぶり」としか言えなかった。 兄貴と合わせる顔が無かったからだ。 それでも兄貴は、「ただいま照夜」と言って俺に微笑んでくれた。
正直俺は内心複雑な気持ちだった。 それから月日が流れ、夏休み最終日を迎える数日前の出来事だった。 「照夜、良かったら久しぶりに2人で一緒に出掛けない?」
外は猛暑で暑さが厳しく、水分を取ろうと台所で麦茶ポットを手にしてグラスに2人分の麦茶を注ぎながら兄貴は俺に語りかけた。 「…出掛けるって、一体何処に行く気なの?」 熱中症等の心配をよそにして、俺は兄貴に聞き返した。 「向日葵畑。 今の時期は丁度満開で景色が綺麗なんだよ。」 と兄貴は俺に教えてくれた。 俺は向日葵畑で1つの昔の出来事を思い出した。 それは俺達がまだ幼い頃、夏に家族で一緒に向日葵畑へ行ったことだ。 あの時は兄貴と2人で向日葵畑の中を駆け回って、帰りは向日葵を摘んで帰ったっけ。
なんて昔の話を思い返しながら、俺は兄貴の注いでくれた2人分の麦茶のグラスをテーブルに置いた。 ソファに兄貴と隣並びに座り、俺は少し考えた。 でももしかしたら、このことがきっかけでまた兄貴と昔通りに接せるようになるかもしれない。 そう思った俺は、身体ごと兄貴の方を向けてこう言った。 「…兄貴さえ良ければ行きたい。」
そう俺が言うと、兄貴は
「本当に?! じゃあ夏休み最終日に一緒に行こうか。」 と俺の方を見てにっこり微笑んで言った。
その微笑みの先には、何処か嬉しそうな感情があったように俺は見えた。 そしてとうとう夏休み最終日を迎えた。 昨日は中々寝付かなくて結構大変だった。 時間に余裕はあったものの、俺は慌てて身支度を済ませた。
俺が行く準備をしていると、既に身支度も行く準備も終わらせた兄貴が俺の部屋に声掛けに来た。 「今行く!」と一言言い俺は兄貴の方へ走り、玄関へ向かった。 すると兄貴が後から玄関へ来て
「これ、忘れてるよ」
と言って俺に何かを渡してきた。 それはテーブルに置きっぱなしにしていた俺のスマホだった。
俺は少し恥ずかしいと思いながらスマホを受け取り、自分のリュックの中に仕舞った。 それから靴を履き玄関を開け、外に出た。 この日もとても蒸し暑く、蝉が五月蝿く鳴く程の気温だった。
暑いという感情を忘れた俺は、久しぶりに兄貴と出掛けられる楽しみを胸に兄貴と一緒に並んで駅まで歩き出した。 駅に着くと兄貴は慣れた手つきで定期を改札に通した。
俺も同じように定期を改札に通して電車へ乗った。 電車の中は夏休み最終日で人は大混雑していた。 俺達は一緒につり革を掴み、目的の駅が着くのを待った。 目的の駅に到着し、俺達は再び歩き出した。 兄貴がスマホの地図アプリを見ながら、
「…あ、あそこだ。青空向日葵畑。」 そう言って右の方を指差した。
そこには、辺りを覆い尽くす程の美しい向日葵が満開になって咲いていた。 俺は驚きながら目を見開き、思わず笑顔がこぼれた。 「凄く綺麗だね。 …昔もこんな感じだったよね。」 俺は嬉しくなって気持ちが高ぶり、思わずポロっと思ったことを口に出してしまった。 「そうだね。
確かその日は照夜が走って1人で向日葵畑に向かうから、危うく迷子になりそうになってたよ。」
兄貴はその時の様子を思い出したのか、少し笑いながらそう言った。 そんなことを話してから、俺達は向日葵畑の中へ入った。 俺が向日葵畑で楽しそうにしている中、兄貴の方からシャッター音が聞こえた。 俺は疑問に思い兄貴の方を振り向くと、兄貴の手には上質な一眼レフカメラが握られていた。 それは兄貴がまだ中学生の時に誕生日プレゼントに両親があげていたものだった。 「ごめんごめん。 記念に写真で残したくて。」 兄貴は苦笑しながら言った。 「折角だし、もっと撮らせて欲しいな。 勿論照夜が嫌なら全然断って良いよ。」 俺は即答した。 「撮ってもいいよ。」 そう俺が言うと、兄貴は笑顔で俺の写真を沢山撮っていた。 お昼は2人で青空向日葵畑と同じ土地内へあるカフェへ行き、2人で「青空向日葵カレー」と「ひまわりの種アイス」を食べた。 どうやらひまわりの種は食べられるらしく、栄養もあるらしい。 見た目も味も良くて、とっても美味しかった。 お昼を済ませて暫く向日葵畑を歩き、時刻は夕方になろうとしていた時に兄貴が何かをしている様子が見えた。 俺は何をしているのか気になり、兄貴の方へ行ってみると、兄貴が向日葵を摘んでいた。 俺は家に持って帰るのかと思い、そのまま眺めていると向日葵を摘み終わった兄貴が 「はい、どうぞ。」
と言い、俺に向日葵の花束を渡してきた。 家族で来た時は、俺が向日葵の花束を作って渡した。
まさか今になってお返しが貰えるとは思ってもいなかった。 俺は少し戸惑いながらも向日葵の花束を受け取ると、兄貴が柔らかい表情でこう付け足した。 「実は向日葵は本数によって意味があるんだって。 照夜に渡したのは11本。
意味は「最愛」なんだって。」 その時は、一瞬時が止まった気がした。
俺は驚きと嬉しさが入り混じりながらも、気付いたら涙が溢れていた。 俺は兄貴に愛されてたんだ。 それなのに兄貴に身勝手に偏見を抱いて、関わるのを遠ざかっていた。 俺は最低だ。
そう心で自分に言い聞かせていると、兄貴が再び口を開いた。 「俺は照夜の事が大好きだよ。 人を思いやれて、真っ直ぐ努力し続けられて、俺の一番近くに居てくれる大事な存在。 でも今は違ったんだ。 俺にとって照夜は、友達や家族以上に大事で守ってあげたくなる、”好きな人”なんだって。」 俺はその言葉で更に涙が溢れて止まらなくなった。 涙を止めようと必死に泣くのを堪えようとすると、兄貴が自分の腕の中で俺を抱き締めた。 「照夜は俺のこと、どう思ってる?」 兄貴は小さくそう俺に問いかけた。 俺は泣くのを我慢して、こう答えた。 「前は兄貴のことを尊敬してた。 けど兄貴が有名になってからは、嫌いではなかったけど自然と避けてた。 …正直嫌ってるのとほぼ一緒だった。
でも今兄貴の話聞いて確信したんだ。 本当は兄貴が好きでたまらなかった。 だからこそ兄貴を困らせたくなくて、その気持ちを自分の心に閉じ込めて記憶から消して忘れたかったから兄貴を避けてたんだって。 …兄貴も俺にとって”好きな人”だったんだ。」 話し終わると、俺の目から一雫の涙が零れた。 兄貴は俺の両頬に触れ、零れた涙を親指で拭って俺に言った。 「照夜、好きだよ。
こんな頼りない兄な俺で良いなら、付き合って欲しい。」 今まで見た事がない程真剣な表情で俺に言った。 俺は少し微笑んで、 「こちらこそ、こんな惨めな弟で良いなら付き合いたい。」 と返事を返した。 兄貴は直ぐに
「照夜は惨めなんかじゃないよ。」と言って、俺も 「兄貴だって頼りなくなんかない。」 と言い返した。 負けじと言い返してしまったことに思わずお互い笑ってしまい、いつの間にか時刻は夕方を過ぎていた。 人も徐々に少なくなっていき、丁度夕日が出ていて景色が綺麗だった。 俺が夕日を眺めていると、兄貴が軽く肩を叩いた。 俺は首を傾けると、兄貴が俺の唇を指差した。 俺は状況を察して顔を真っ赤にしながら、恐る恐る目を瞑った。 兄貴は震える俺の手を優しく握りながら、自身も目を瞑り唇を重ねた。 結果家に着く頃には午後7時を回っていた。
次の日からまた兄貴は高校の寮へ戻った。 その日を境に兄貴とはよくメールでやり取りしたりするようになり、たまにお互い都合が合う時に会ううになった。
そして今は兄貴の”当”と正式にお付き合いをしいる。 家族だろうが同性同士だろうが関係ない、俺達は俺達らしく生きると決めたんだ。 今日の目覚めはとても良かった。
学校へ行く支度をして、鞄を持って玄関を開けた。 「あれっ、照っちなんか笑顔増えた?!
夏休み何かいいことでもあったのー??」 夏休み明けの学校で要先輩からそう聞かれた。 俺は
「いえ!何でもないです!」 と言って笑って誤魔化した。
確実に今までの笑顔とは違う。 きっとあの日の笑顔は、お互い忘れられない思い出となったのかもしれない。