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「そうですわね。ところで、人質奪還の方法は何か考えがあるのでしょうか?」
その問いに頷くと、アウルスは説明し始めた。
「奴らの動きは、こちらで十分把握している。手持ちの武器や装備なども誰かからの支援がない限りは、帝国軍の基本装備と何らかわりないだろう。戦略やその他の動きについてもだ。この奪還作戦で一番の問題なのは、もし彼らが自分たちの危機を察知したさいに、間違いなく人質の命を奪うということだろう」
「それは確かなことなんですのね?」
自嘲気味にアウルスは微笑む。
「彼らにそのように教育したのは、他でもない帝国なのだからな。人質は一人でかまわない。情報の漏洩がないように、それ以外は口を封じる」
その台詞に、アルメリアは皇帝陛下が残忍だと噂されていたことを思い出す。
少し油断してしまっていたが、アウルスには警戒しなければならないと身を引きしめながら答える。
「それは……仕方のないことですわ。国を守るためですもの」
「さぁ、どうかな。まぁ、そんなことでまずは、人質の確保が先だろう」
「誘拐された子どもたちがいる場所の見張りは、どうなってますの?」
「奴らはこちらの把握している限り、十人で動いている。リーダーが常に司令塔として指示だしをし、その他は三人でグループとなり交代で休憩と、外の監視、人質の監視をしている。まずは、この人質の監視の気を引き付けて、人質のいる場所から遠ざける必要があるだろうな」
「それだけ少人数で動いているのなら、領民が物資の引き渡しをしている隙を狙うだけでも十分こちらが優位に立ち回れますわね。農園の者たちが発酵塩レモンと、賊の食料などを提供している間は少なくとも、三人が監禁場所付近から離れますもの」
アウルスは微笑むと、アルメリアを見つめる。それに気づくとアルメリアは少し不安になった。
「申し訳ございませんでした、なにもわかっていない小娘が、出過ぎたことを言ってしまいました」
頭を下げてそう言うと、アウルスはゆっくり首を振り優しく言った。
「違う、そうではない、感心していたのだ。他の令嬢ならこのような話には顔をしかめ、退屈そうにするだけだろうからな。そして、そのように的確な意見を言う者もいないだろう」
「とんでもないことでございます」
「いや、実際君の言う通りで物資の受け渡しのときは、奴らは監禁場所が領民にばれぬよう離れた場所で受け渡しをする。そのときこそ、分散したところを一気に一網打尽にできるまたとないチャンスとなるだろうな。だが、そこで問題がある。奴らが毎回受け渡し場所を変更していることだ」
ここまで話を聞いて、アウルスがアルメリアに協力を求めてきた理由がわかった。
「そこで領民から受け渡し場所を事前に聞き出しておく必要があり、そのためにも|私《わたくし》たちと協力しておく必要があった。そういうことですのね?」
「その通りだ。できればこちら側の優位な場所で、待ち伏せして奴らを捕らえたいからな」
「わかりましたわ、領民のことはお任せください。あとは監禁場所から監視役を引き離す方法を考えなくてはなりませんわね」
そう言って考えこんでいるアルメリアをアウルスは愛おしそうに見つめる。
「私は君のことを聡明な令嬢だと聞いている。そんな君となら、今回の件を共闘できると踏んでこうして会いに来たわけだが、その判断は間違っていなかったようだ」
アルメリアは微笑んで返した。
「お褒めに預かり、至極光栄に存じます」
自分のペースに戻そうと勤めて冷静にそう答えると、アウルスはアルメリアの髪を一束掴み、それにキスをし熱っぽい眼差しで見つめた。
「こちらこそ、君といられることを光栄に思う」
そう言って微笑むアウルスにアルメリアはどきりとし、彼には勝てそうにないと思った。
こうして、アウルスの協力のもと人質奪還作戦を決行することになったアルメリアは、まずは領民たちと話して彼らと協力する必要があった。
本来なら、集会を開きその場で話をするのが一番手っ取り早い方法だったが、今そんなことをすれば山賊に怪しまれかねなかった。
どうすべきか考えているところに、ペルシックからの報告が上がってきた。アルメリアの思っていた通り町民たちもこの件に関わっているようだった。
エラリィたちは町民たちと深夜集まりを開いていた。そして、農園の倉庫の一角で発酵塩レモンの廃棄分の瓶詰め作業をし、それらを山賊に不定期に届けていることが確認できたそうだ。また、子どもや妻が自宅に不在の農園関係者はざっと数えても十人以上いることがわかった。これはアルメリアが予想していたより、遥かに大きい数字だった。これらの報告書に目を通すと、アルメリアは一計を案じた。
その日の深夜、アルメリアは倉庫から発酵塩レモンを運び出しているエラリィとヴァンの目の前に立ちはだかった。
「お嬢様、なぜここに……」
アルメリアは冷静に落ち着いた態度で言った。
「すべてわかってますわ。とりあえず山賊に怪しまれないように、それを早く届けてきてちょうだい。戻ったら、山賊とドロシーたちを連れ戻す作戦を話し合いましょう」
すべてバレてしまっていると悟ったのか、エラリィたちは黙って頷き荷物を運び出した。
アルメリアは、そのまま倉庫へ入る。そこには報告書どおりに領民が集まっていた。倉庫へ入ってきたアルメリアに気づくと領民たちは慌て、どよめいた。そんな面々に穏やかに説明する。
「大丈夫、すべてわかっています。とにかく、エラリィたちが戻るのを待ちましょう」
すると、ガストンが言った。
「だから、最初からお嬢様に相談しようっていったんだ」
それにジョルジュが答える。
「お嬢様に迷惑はかけられないってお前も言ってたじゃないか!」
「なんだって? それはお前がそう言うから確かにそうだって同意しただけで……」
そこに、ガストンの妻のヘレンが割って入った。
「二人とも辞めて、とにかく今はお嬢様の指示に従いましょう」
そう言ってヘレンがアルメリアに助けを求めるような目で見つめたので、アルメリアは微笑んで返し、口を開いた。
「確かに、最初に相談してほしかったですわ。でも、貴男たちが山賊と繋がりを作っていてくれたおかけで、こちらが優位に作戦を進められることができるのですから、貴男たちの行った時間稼ぎは決して無駄ではなかったと思いますの」
実際、アルメリアに一番最初に報告してくれていても、相手の情報を探るために同じようなことをしたに違いなかった。しかし、対応があと少し遅れれば大惨事になっていたかもしれないので、その点だけアルメリアは怒っていた。
だが、正直今は怒っている暇などない。それについて言及するのは、後日事件が解決してからにしようとアルメリアは心に決めていた。
しばらく待っていると、エラリィたちが戻ってきた。エラリィは倉庫に入ると、すぐにアルメリアに向かって頭を下げた。
「お嬢様、申し訳ありませんでした! 発酵塩レモンを横流ししていました!」
その答えにアルメリアはため息をついた。