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藤堂の爆弾発言から数日後、学校内のざわめきは最高潮に達していた。伊織は、どこに行っても視線を感じ、特に女子生徒たちの間で「藤堂の彼女(彼氏?)」として話題の的になっていた。しかし、藤堂はそんな伊織を一切手放さず、休み時間ごとに伊織の席に来ては、堂々と肩を抱き、独占欲をアピールしていた。そんな中、伊織は少し困っていた。以前、本の新作を一緒に見に行きたいと誘ってくれた佐藤さんへの返事を、藤堂のせいでまだできていなかったのだ。
放課後、藤堂が部活で少し遅くなるという日、佐藤が伊織に声をかけてきた。
「水上くん、あの本の新作、今日発売なんだよ! 良かったら、やっぱり一緒に行かない? 藤堂くんは部活で忙しいって聞いたけど……」
佐藤は遠慮がちに、しかし期待のこもった瞳で伊織を見つめた。伊織は、藤堂の独占欲を思い出しつつも、佐藤の純粋な気持ちを無碍にできなかった。
「あ……うん、いいよ。じゃあ、少しだけ。駅前の書店に行こうか」
伊織の承諾に、佐藤は飛び上がりそうに喜んだ。
その日の夕方。伊織と佐藤さんが駅前の大型書店にいる頃、店の奥の文庫本コーナーの影から、二人を凝視している怪しい人物がいた。
その人物は、顔のほとんどを覆う大きな黒いマスクに、ツバの広い野球帽を深く被り、さらに伊織が以前着ていたような分厚いカーディガンを着て、ほとんど顔が見えないように変装していた。その正体は、部活があると嘘をついて、伊織を尾行してきた藤堂蓮に他ならない。
(ちっ、伊織め。俺が少し目を離した隙に、すぐにあの地味な女とデートだと? しかも、俺が選んだんじゃない、あの冴えないカーディガンを着ていきやがって!)
藤堂は心の中で毒づく。彼は伊織にGPSアプリを入れようか本気で悩んだほど、伊織の行動が気になって仕方がなかった。
伊織と佐藤は、新刊コーナーで楽しそうに並んで本を眺めていた。
「わあ、水上くん! 表紙、すごく綺麗だね!」
佐藤が興奮して伊織の腕を軽く叩く。伊織も「うん、挿絵も前作より凝ってる」と笑顔で返していた。
二人の様子は、どう見ても仲睦まじい「カップル」に見えた。伊織が佐藤の楽しそうな姿を見て、無意識に優しく微笑んでいるのが、藤堂にはたまらなく腹立たしい。
藤堂はマスクの下で歯ぎしりをした。
(おいおい、伊織のやつ、可愛すぎる笑顔をなんであんな女に見せてるんだ。しかも、腕が触れ合ってただろ! 手、繋ぐなよ、絶対!)
藤堂は衝動的に二人の間に入り込み、伊織の頭に抱きつき、**「こいつは俺のだ!」**と叫びたい衝動に駆られたが、変装がバレることを恐れて必死に自制した。
しかし、二人のラブラブな雰囲気に耐えられなくなった藤堂は、持っていた文庫本を強く握りしめた。彼は意を決して、二人に接近した。
伊織と佐藤がレジに向かうため、通路を歩き出したその瞬間、変装した藤堂が二人の前に立ち塞がった。
「あの……すみません」
藤堂は、低い声で、伊織に声をかけた。
「君たちが手に持っているその本……とても面白そうですね。君たちのお気に入りなんですか?」
藤堂の突然の登場に、伊織と佐藤は驚いて立ち止まった。特に伊織は、変装しているにもかかわらず、その声と雰囲気に、なぜか強烈な既視感を覚えた。
「あ、はい。このシリーズは……」伊織は戸惑いながらも、藤堂に説明しようとした。
藤堂は伊織の言葉を遮り、佐藤に向かって、わざとらしいほどの低音で言った。
「そうですか。でも、その本の面白さを、君の隣の彼から独り占めしようとするのは、ちょっと独占欲が強すぎませんか? 彼の魅力は、もっと多くの人に共有されるべきだ」
伊織は目を丸くした。独占欲? 共有? この変な人、何を言っているんだ?
佐藤は、藤堂の謎めいた言動に困惑し、首を傾げた。
「え、どういう意味ですか?」
その時、藤堂は伊織に一瞬だけ視線を合わせ、マスクの下で口角を上げると、伊織の耳元に、誰にも聞こえないほどの小声で囁いた。
「今日の罰は重いぞ、伊織。帰ったら、全部話してもらうからな。俺のTシャツじゃないカーディガン着て、他の奴と可愛く笑った罰だ」
伊織は、その声を聞いた瞬間、全身の血の気が引くのを感じた。
(う、嘘だろ……蓮?!)
藤堂は伊織の反応に満足すると、すぐに元の低音に戻り、二人に向かって深々と一礼した。
「失礼しました。どうぞ、仲良くお買い物をお続けください」
そう言い残すと、藤堂は人混みに紛れて消えていった。残された伊織は、顔を青ざめさせながら、佐藤と共に会計を済ませるしかなかった。