テラーノベル
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すっかり熱も咳も治まり、ようやく身体の重だるさが抜けたみことは、ゆっくりとドアノブをひねって自室を出た。
その瞬間。
「―――みこちゃあああああッ!!」
小さな影が飛んでくるような勢いで廊下を駆け抜け、 みことの胸元へ“ドンッ”と音がするほど全力で抱きついた。
「わっ……!」
反動で一歩後ろによろけそうになるが、みことは急いで踏みとどえ、両腕でしっかりすちを受け止めた。
すちはみことの首に小さな腕をぎゅうっと回し、全身でしがみついてくる。
顔はみことの胸にめり込むほどで、 鼻をすんすん鳴らしながらみことのシャツを掴んで離れない。
「みこちゃ……っ、みこちゃ……っ! いなくならないで……。もう、やだ……!」
我慢していたものが一気に溢れたように、すちは大粒の涙をぽろぽろ零していた。
みことは胸が締めつけられるほど愛おしくなり、 そっとすちの頭を撫でる。
「……ごめんね。心配かけちゃったね。 すち、もう大丈夫だよ。ちゃんと元気になったよ」
すちは涙で濡れた顔を上げ、 みことの頬に小さな手をぺたりと当てた。
「ほんと……? ほんとに、なおった……?」
「うん、本当。見て? ほら、もうふらふらしてないよ」
みことが微笑むと、すちは息を呑むようにしてその顔をじっと見つめ――
再び、さらに強く抱きついた。
「よかったぁぁぁぁ……っ!!!」
涙声で叫ぶと、喉をつまらせながらみことの胸に顔をうずめてしゃくり上げる。
みことはその背中を優しく撫でる。
「ありがとう、すち。ずっと待っててくれたんだね」
すちはぐずぐずになりながらも首を横に振り、言葉を詰まらせる。
「みこちゃのとこ、いきたかった……っ」
みことはその純粋さが堪らなくなり、すちをそっと抱き上げる。
「……すち。もう離れなくていいよ。ほら、おいで?」
すちは驚いたように目をぱちぱちさせ、 安堵したようにみことの首に腕を回し、ぎゅうとしがみついた。
「ん……みこちゃ……だいすき……」
「うん。俺も大好きだよ」
完全に戻ったみことの声は、優しくて柔らかくて、 すちの小さな震えをゆっくり溶かしていった。
みことがすちをしっかり抱き支えたままリビングへ戻ると、 そこには腕を組んだらんと、無言で眉を吊り上げているいるまが立っていた。
険しい空気を察したのか、 すちはみことの首にさらにぎゅっとしがみつく。
「……あ、あの……」
みことが気まずそうに視線を泳がせると、 まず口を開いたのはらんだった。
「みこと。無理しすぎ」
低い声だが、心底心配していたのが分かる 声色だった。
続いているまが一歩前に出て、 容赦なくみことの額を指でつつく。
「お前、倒れるほど熱あったのに、 ひとりで全部やろうとしたんだよな?」
「う、うん……でも、すちのこと――」
「仲間に頼れっつってんの」
いるまの一言は重く、まっすぐで、逃げ場がない。
みことはぎゅっと唇を結び、 「……ごめんなさい」と小さく頭を下げた。
らんも横からため息をつく。
「俺、ずっと何かあったら 連絡しろって言ったよね。なんで我慢したの」
「いや、……俺だけでも大丈夫かと ……」
と言いかけた瞬間。
みことの胸元に抱きついていたすちが、 ぷくーっと頬を膨らませた。
そして小さな声で、しかしはっきりと言う。
「みこちゃ……いじめちゃ……だめ……!」
らんといるまが同時に「は?」と固まる。
すちはみことのシャツをぎゅっと握り、涙声で抗議する。
「みこちゃ、がんばったの……! みんな、こわい……! みこちゃ、わるくない……!」
みことは驚きつつも、胸がじんわり温かくなってしまう。
「すち……ありがとう。でもね、これは怒られてるというより――」
「だめっ!」
みことの説明は最後まで言わせてもらえない。
すちはみことの頬に自分の小さな手をぺたりと当て、 らんといるまを睨むように見上げて震える声で続けた。
「みこちゃ、いじめたら……おこる……!」
普段冷静なすちとは思えない必死さに、 らんもいるまも完全に言葉を失う。
気まずさが漂ったあと、 いるまが頭をかきながらため息をついた。
「……誰がいじめてんだよ。 責めてるわけじゃねぇ。 心配したって言ってんの」
「そう。怒ってるんじゃなくて……心配してんの。 それだけは分かってほしいな、すち」
しかしすちはまだみことにべったり張り付いたまま、 しっかり首を横に振った。
「やだ……みこちゃ、なかない……。 みこちゃ、大事……」
みこともそれを聞いて、思わずぎゅっと抱き締め返す。
「すち……ありがとね。 でもみんな、俺のこと嫌で怒ってるんじゃないよ。 心配してくれてるんだ。信じていいよ」
みことが優しく囁くと、 すちは赤い目でらんといるまをちらりと見て、 ちょこんと頭を下げた。
「……ごめんなしゃ……」
らんといるまは顔を見合わせて微笑み、優しく言い直す。
「分かればいいよ」
「みことも、ごめんな」
すちはその声に安心したのか、 みことの胸に顔を埋めながら小さく呟いた。
「……みこちゃ、もう……どこもいかない……?」
「行かないよ。ずっと一緒にいる」
そう答えた瞬間、 すちは甘えたように小さく喉を鳴らして、 みことの首にぎゅうっと抱きつき直した。
コメント
3件
らんいるが微笑んでるとこ生で見たいなぁ(*´ω`*)