大森side
退院の朝は、想像していたよりも静かだった。
カーテンの隙間から差し込む光も、病院のいつもの音も、全部が少しだけ優しく感じられる。
「……今日で、ここともお別れか」
ベッドに腰かけて、しばらくぼんやりと部屋を見渡す。
この数日、ここで僕はずっと、自分と向き合っていた。
体調が戻るにつれて、心のどこかも少しずつほどけていった気がする。
看護師さんに最後の説明を受けて、点滴の針を外してもらう。
腕にはまだ赤い跡が残っていた。
リュックの中には、涼ちゃんたちが持ってきてくれた着替えや、本、のど飴が入っている。
“元貴セット”って、若井が勝手に名付けた。思い出すと少し笑える。
ナースステーションにお礼を言ってから、ゆっくりと出口に向かう。
足取りはまだ完全じゃないけど、外の空気を思い浮かべると、それだけで背筋が伸びる。
エントランスに近づいたとき、見慣れた二人の姿が目に入った。
「お、来た来た」
「元貴、大丈夫?立ってるの辛くない?」
若井と涼ちゃんが、僕の方に歩み寄ってくる。
変わらない声。変わらない空気。
だけど、今はすごく安心する。
「うん、大丈夫。ありがとう、迎えに来てくれて」
藤澤side
元貴の姿が見えた瞬間、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
思ったより元気そうで、本当によかった。
ここに来るまで、正直ちょっとドキドキしていた。
どんな顔して会えばいいんだろうって。
だけど、元貴が僕たちを見つけた瞬間に少し笑ったのを見て、
そんな不安は一気に吹き飛んだ。
「まだ顔色ちょっと悪いけど、倒れたときに比べたら全然違うね」
そう言いながらも、僕の手は自然に彼のリュックを受け取っていた。
この数日間、ただ祈るしかできなかった時間が長かったから、
こうしてまた一緒に歩けることが、何よりも嬉しかった。
若井side
あいつの顔見たとき、「元貴だ」って思った。
当たり前なんだけど、あの日のあの姿が頭に焼き付いてて、
正直、まだ少し怖かったんだ。
でも、今こうしてちゃんと歩いて、自分で「大丈夫」って言ってくれる。
その一言が、何よりの答えだった。
「ほら、車こっち。歩くのきつかったら、涼ちゃんにおんぶしてもらえ」
「……なんで僕なんだよ」
元貴が小さく笑う。
その笑顔を見たとき、ほんの少し泣きそうになったけど、
ぐっと堪えて、軽く背中を押した。
帰ろう、元貴。
もう、お前の居場所はちゃんとここにあるんだから。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!