テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
貴方が嫌い。
鈍く耳に響く馬蹄の音が嫌い。
当時幼い私の目に映ったのは死神だった。
貴方の跨がる馬、貴方が従える馬、この地を踏み荒らす馬、その一頭一頭がまるで死神のように恐ろしかった。
嫌い。
嫌い。
どんなに頑張っても、どんなに貴方へ忠誠を誓っても、認めてくれない貴方が嫌い。
私の頬を打つ貴方の手のひらが嫌い。
冷たく刺すような貴方の瞳が嫌い。
「お前に時間を割くほど暇ではない」とでも言いたげな呆れた顔、そんな貴方が嫌い。
憎たらしかった。
消えて欲しかった。
嗚呼、どうせ死ぬなら。
どうせ死ぬなら
私が貴方を殺したかった。
貴方の何かになりたかった。
憎い。
嫌い。
私にとって貴方は唯一無二の支配者なのに
まるで貴方は私を犬っころ一匹のように扱う。
貴方が大切そうに縛り付ける彼奴らが嫌いだ。
どうして。
どうして。
こんなに憎いのに、貴方の記憶の破片にすらなれないのか。
貴方が家主だとしたら、
貴方が厳しく躾け、叩き、褒め、大事な部下だと扱う中国やペルシアは居間や応接室、お茶の間とでも言おうか。
そしたら私はきっと庭の隅のような存在だろう。
埃が散れば清く掃除する居間や応接室とは違い、雑草が増えれば時々手入れする程度の庭の隅。
貴方にとってはそんな存在なんだな。
所詮、二流三流程度の属国。
私に対して最低限の関心しか持たない貴方が嫌い。
でも、だけど、最低限の関心しか持っていないくせに、
独立を少しでも望めば、まだ幼い私の頬を容赦なく張る。
それとともに蘇る、馬蹄の音、無様に焼かれるキエフの地、砂のように崩れるキエフの地の記憶
嗚呼、憎い、憎い憎い
怖かった。
貴方に叱られるのが怖かった。
私を見ているようで見ていない、鋭いのに虚ろな貴方の目が怖かった。
貴方はこの上なく高慢で、横柄で。
まるで「お前のような土地は支配できて当然だ」とでも考えているのだろう。
全く、貴方ほど高飛車な奴はいない。
嫌い
嫌い
嫌い
でも、
そんな貴方の亡霊に
貴方の記憶に縛られ続ける自分が憎い
私はなんて醜いのだろうか。とっても惨めだ。
貴方という凶悪な存在のせいで、私はこんなにも苦しんでいる。
貴方がいなければどんなによかっただろうか。
だけど
貴方という偉大な存在があったから、私はこの極寒かつ広大な地に帝国を築けたのだ。
貴方がいなければ私は今頃どこかの属国として飢え絶えていたかもしれない。
私にとって政治とは、軍とは、民とは
貴方が教えてくれた全てで成り立っていた。
貴方が私の唯一無二の恩師だった。
貴方が私の唯一無二の親だった。
貴方は私の宗主で、親で、教師で、勝てるわけもないライバルで、死神で。
私の脳裏は、これからもずっと貴方の残影で蝕まれ続けるのだろうか。
嗚呼、憎たらしい。
偉大な貴方が憎い。
そして、最近中華を台頭し始めたという清もまた憎たらしい。
貴方が遺したモンゴルの地を「受け継いだ」と言って飄々と手に入れ、モンゴル貴族を従える清朝。
嫌いだ
貴方が居なくなったモンゴル高原を支配し、貴方の遊牧民的伝統を吸収して強大化する清の姿は
まるでデジャヴだった。
貴方のようなカリスマに満ちた芸当を、清とやらが簡単に真似できるわけがない
なんで
なんで
なんで
どうせ貴方が死ぬなら、私がモンゴルの地を焼き払って貴方を殺したかった。
どうせ貴方の土地が他の奴の手に渡るなら、その前に私が手に入れたかった。
いなくなっても尚、永遠にその偉大な史を刻む貴方が憎い。
カザン・ハン国、いつの日だったか遠い昔に殺したカザン・ハン国もこのうえなく憎かった。
カザンも含めハンの国々は、貴方の…あの方の残滓でしかないというのに。
だから、カザンを筆頭にタタール系ハン国を崩し落としてしまえば、この記憶も消えるかもしれないと
思っていた。
カザン、その小国は貴方の残滓でしかない。貴方の遺産ともいえるカザンの城壁を葬ってしまえば、壊してしまえば、崩してしまえば、
貴方のせいで凍みついた屈辱も影も
優越に変わるのではないかと
思っていた。望んでいた。
なのに
結局私は貴方の記憶に縋ることしかできないのか。
カザン征服で使った戦術も、幼き日に貴方から教わったもの。
カザン国の貴族や軍勢が鳴らす馬の蹄鉄の音は、貴方の騎馬にそっくりで。
カザンを葬ることで消えたと思った貴方の影は
まるで天邪鬼のようで、むしろ否定すれば否定するほど濃く脳に滲む。
タタール系ハン国の貴族たちの血を浴びた私の姿は、我が兵の姿は、赤く染まった地面は
貴方の軛に沈んだ幼き自分と赤く焼けるキエフの地を連想させた。
嫌い
憎たらしい
呪い殺してしまいたい
貴方の存在が、記憶が、トラウマが、亡魂がなければ紡がれない私の帝国の歴史
最近届いた、遠く、モンゴルの地を支配する清の噂。
貴方の遊牧の風を纏い、モンゴル貴族を従える清朝。
大清帝国。貴様もまた、タタールの影を着飾るのか?あの方の馬蹄を、あの方のカリスマを、貴様が継げると思うのか?
昔々カザンを落としたこの手で、貴方の地を奪う。
清、貴様が奪ったモンゴルを、私が支配する。
スラヴに、ヨーロッパに、
その甘美に
憧れていたかった。
なのに貴方のせいで
貴方のせいで
まるで私は地縛霊のようだ
「あなたのせいで」
「あなたのおかげで」
ロシア帝国[Russian Empire/Оросын Хаант Улс]-Российская империя
to モンゴル帝国[Greater Mongolia Ursus/Монгольская империя]-Монголын Хаант Улс
馬蹄に脈打つ草原を踏んで
コメント
3件
これってリクエスト等はして良いのでしょうか?もししていいのならモンゴル帝国視点も見てみたいです!