テラーノベル
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なつはそのまま家に帰る。
玄関を開けても、誰もいない。
すでに親は出て行った後だった。
カーテンの隙間から朝日が差し込み、
空っぽの部屋に斜めの影を落としている。
「……ふぅ」
鞄を床に投げ出し、
制服のボタンを外していく。
シャツを脱ぎ、ジーンズを落とす。
裸足のまま浴室に向かい、
蛇口をひねると冷たい水の音が広がる。
鏡に映る自分は、
目の下にうっすら隈を残したまま。
「……マジで、だりぃ」
小さく呟き、シャワーヘッドを
持ち上げる。
シャワーのノズルを握りしめる手は、
震えていた。
冷水が容赦なく皮膚を打ち、叩かれて、
切り裂かれた腹の傷に触れるたびに、
ズキリと鈍い痛みが広がる。
「……ッ……」
息を飲んでも、痛みは止まらない。
朝はお湯を使ってはいけない
──それは、なつの家で決められた
“ルール”だった。
基本的に親がいる時は風呂には入れずに
朝、親が出ていったあと風呂に入り学校に行っている。
遅刻が多い理由がその1つだ。
理由は分からない。
ただ、母親が一方的に言い放ち、
逆らえないまま従わされてきた。
白いタイルに飛び散る水滴と、
そこに薄く混ざる赤。
なつはふと、視線を横にずらす。
鏡に映った自分の姿。
濡れた髪が頬に張り付き、
眼差しはどこか遠くを見ている。
腹部には、まだ癒えぬ無数の傷跡
──グラスの破片で切りつけられた証が
痛々しく残っていた。
線がいくつも走り、
そこに新しい痕が重なっている。
「……は……」
声にならない声が喉から漏れ、
次の瞬間、唇が震えた。
「……しにた……」
それは意識していなかった。
言葉にするつもりもなかった。
ただ、冷たい水の音にかき消されるように、心の奥から零れ落ちてしまった。
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
鏡の中の自分を見つめれば見つめるほど、
そこに立っているのは「なつ」ではなく、
誰か別人のようで。
水音が止まらない。
痛みも止まらない。
そして──その無意識の一言だけが、
浴室に残響のように漂っていた。
ー
少し間を開けてまた
「俺がしねば」
その瞬間自分の声にハッとして、
慌てて顔を上げる。
鏡の中の自分が、あまりにも弱々しく
見えて、なつは唇を噛んだ。
「なにいってんだか……」
小さく笑おうとするけど、震えている。
「……俺が死んだら……
いるまが悲しむじゃん。」
言葉にした瞬間、涙がじわりと目に
溜まり、ひとすじだけ頬を伝った。
それでもシャワーの冷水を浴び続ける。
歯を食いしばって、涙と一緒に流そうと
するみたいに。
冷たさで皮膚が痛んでも、
自分をごまかすように水に打たれ続けた。
──その「ごまかし」が、
なつの必死な生き延び方だった。
ー
冷水を止めた瞬間、
バスルームに静けさが戻る。
なつはしばらく動けずに立ち尽くした。
濡れた髪から滴る雫が、
タイルに小さく音を立てる。
「……さむ。」
自分に言い聞かせるように呟き、
バスタオルを肩にかける。
鏡越しに、まだ赤く腫れた傷が頬に
残っているのを確認して眉を寄せたが、
それ以上は見ないふりをした。
タオルで体を拭き、傷口に触れないように
ゆっくりとシャツを着る。動くたびに
鋭い痛みが走り、顔をしかめるけれど、
表情を整えて深呼吸。
そのまま髪をざっと乾かし、
最低限の支度を整えて部屋へ戻る。
冷水で冷えた体はまだ震えていたが
──なつは無理にいつも通りの姿を
作ろうとしていた。
なつは深呼吸をひとつして、
ゆっくりとドアを開けた。
冷たい朝の空気が肌に触れ、
シャワーの冷水で震えた体にさらに
ひんやりと沁みる。
靴を履き、カバンを肩にかけると、
静かな通学路に足を踏み出した。
「……だりーな」
小さく呟きながら、
なつは視線を地面に落とした。
体は重い。
それでも、一歩一歩を踏み出す。
制服の背中が少し湿っていて、
冷たい風にさらされるたびに体が震えた。
通学路の先に、学校の建物が見える。
まだ誰もいない校門を前に、
なつはわずかに肩を落としながらも、
必死に気持ちを奮い立たせる。
「……がんばらないと」
痛みと疲労を抱えながらも、
今日も学校へ向かうなつの足は、
少しずつ確実に前へ進んでいった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
なんか本当に可哀想になってきちゃって
すいません。
なつくん視点ばっかですけどこれから
こさめくんとかみことくんとか
視点増やしていけたらと思っております。
結構長い話になってくると思うのでどうか温かい目で見守ってください。
→100♡
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