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#恋愛
水無月 京
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弊社は、東京駅直結の某有名ブランドビルに居を構えている。弊社は自認がグローバル企業なので、社屋の立地にも拘りがある。
そこそこ手頃なエリアの土地を購入して自社ビルを建設するか、土地のブランドを活用して一等地にあるビルのフロアを借りるか。
当時はパートナー陣の中で、喧々諤々の議論が繰り広げられた。
私はその頃はもう秘書として働いていたので、移転に向けた活動がどれほど社内で疎まれていたか良く知っている。
現場で実プロジェクトを担うスタッフからユニット運営に悩む管理職まで…実に幅広い社員から冷ややかな視線を注がれて、幾度となく私の背筋にも冷や汗が伝ったものだ。
私はパートナーではなかったけれど、彼らからすれば私もほぼ敵のようなものだったろう。
プロジェクトの進捗確認、営業の戦略検討、人事面談…。
あらゆる面談依頼に対して、常に壁となり続けてきたのが「移転プロジェクト」のミーティング時間と枠の多さだったから。
「いい加減お前ら仕事しろや」
どんな炎上プロジェクトでも、柔和な態度を崩さないと評判のシニアマネージャーまでがブチギレ始めた頃、ようやく議論が終息し今のビルに移転することになったのだった。
電車を降り、地下通路を伝い、ようやくビルに足を踏み入れる。清涼感のある空気を肺いっぱいに取り込めることのありがたみを感じる。
エレベーターホールはこの時間でも賑わっている。これから出張なのかスーツケースを引きずっている人もちらほら見かける。
「弊社の就業規則には、出張の起点と終点がオフィスみたいな文言ありましたっけ。直行直帰ってあれは概念だけの存在?」
「社畜か変人か変態しかいねぇ会社だぞ。寸暇を惜しんで働いてるっぽい自分が好きな奴がマジョリティだわ」
「あー。あとあれね、若手だと出張することがステータスになっちゃってる人いるよね」
「無駄にでかいスーツケース引きずってくる奴な」
かつて同期たちと飲み屋でしたおしゃべりが記憶に蘇ってくる。憂さ晴らしにした性格の悪い会話を朝から思い出すなんて、私もちょっと反省した方がいいかもしれない。
「さてと」
これまではライフサイエンス系パートナーの担当だったから、今よりもう1つ上のフロアにエリアが私の主な仕事場だった。
エレベーターで目当てのフロアに降り立つと、やはり少し違和感がある。基本的なレイアウトはどの階も同じだけど、肌にまとわりつく空気感が違う。
コンサルとして各ユニットに所属している人たちは案外気づいていないが、それぞれのユニットには明確にカラーがある。産業の印象を引きずっていたり、パートナーの性格が反映されていたり。
だからそれがフロアの空気を違ったものにしている、というのは当然の話ではある。
慣れない空気の中で呼吸をしながら、大豆生田さんの個室を探し歩く。
社内は完全フリーアドレスだけど、便宜上ゆるくユニットごとにフロアとエリアが指定されている。
各ユニットのパートナーには、そのエリアにガラス張りの小さい個室が与えられている。自然と、秘書もその個室の側で仕事をすることが多くなる。
「よし、ここか」
個室を見つけ、近くの席を確保する。カバンから取り出したパソコンを開きながら、少し震えている指先に気づいて驚く。意外と緊張しているらしい。
私と大豆生田さんは、初対面じゃないのにね。
「おー新しい秘書様じゃねーの」
突然背後から掛けられた声。
エネルギーに満ちた声で考え事が吹っ飛ばされる。
弾かれたように顔を上げれば、そこにはブリーフケースを肩に担いだ男性が立っていた。スリムな体型にピッタリと沿ったスーツのサイズ感や、生地の柄の珍しさから、それがオーダーであることは一目瞭然で。
今日はスーツスタイルには優しくない気温だろうに、しっかりとネクタイまで締めた姿は、なぜか涼しげにすら見える。
「お、大豆生田さん」
「何ビビってんの。いきなり取って喰ったりするとでも?」
出社したばかりにしては鋭い眼光だし、普通に取って喰われそうだけど…それを言う勇気は当然ないので黙っておく。
彼は自分の個室の扉をグイっと開けてこちらを見る。どーぞ、と言うのでどうやらこのまま挨拶タイムをもらえるらしい。
パートナー個室はガラス張りなので、ブラインドを下ろさない限り常に外から覗き込むことができる。
秘密の部屋でもなく、部屋の中も特に私物で溢れかえっているわけでもないのに。このガラスは強力な結界のようで、中に入った瞬間彼のペースに飲み込まれそうになるは気のせいだろうか。
「初めまして、弓家まどかと申します」
「初めてじゃないでしょうよ」
「あ、そうでしたね。散々メールとかチャットで…」
「違う違う」
ブリーフケースを足元に置き椅子に腰掛ける彼の姿は、粗野なのに淀みない流れのようでもありどこか美しい。
意外と気さくな話ぶりで少し緊張感がほぐれた、のはほんの一瞬だった。
「あなた、コンサルだったでしょ」
コメント
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水無月さん、第3話読了です。今回はまどかさんが大豆生田さんのフロアに赴いて、いきなり「あなた、コンサルだったでしょ」と核心を突かれるところまで、緊張感がぐっと高まりましたね。前話でちらりと見えた「元コンサル」という設定が、ここで効いてくるのか…と背筋が伸びました。 あと、社内の移転ゴタゴタ話やユニットごとの「空気感の違い」といったディテールがめちゃくちゃリアルで、世界観にどっぷり浸かれました。大豆生田さんの粗野でいてどこか美しい佇まいの描写も、とても魅力的です。続きが気になります!