テラーノベル
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全く予想していなかった返しを序盤で喰らい、脳内が真っ白になって機能が停止する。
一瞬の後に脳が再起動を始めて、まず脳裏を掠めたのは「バレたか」という感情で。そして一拍置いてやってきた…
「なんでご存知なんですか」
という疑念。
口から出た言葉は、疑い深い色が隠しきれていないのが自分でもわかる。
上司に対して不信感丸出しの回答は失礼だったかも、と肝を冷やしたけれど、大豆生田さんはまるで気にするそぶりもない。
それどころか、
「だって、一緒にプロジェクトやったじゃん」
なんて、また私を驚かせることを言うんだから。
浅い呼吸を繰り返していれば、まさか忘れてました?なんて。
からりと笑う姿すらエネルギーを感じる。
「いえ、忘れてはいないんですけど」
まさか、ほんの少し一緒だったいちスタッフのことを覚えていらっしゃるとは思わなくて。
私の再びの失礼な回答を聞いて、一瞬きょとんとした表情を浮かべながらも、彼は次の瞬間には、ふと鼻で笑い、デスクに肘をつく。
「一緒に働いた仲間を、俺は忘れないタイプでね」
その声音と眼差しは、彼の前評判からは想像し得ないほど優しくて、思わず息を呑む。
「…ありがとうございます」
「お礼を言われることじゃないよ」
そんなの当たり前でしょう、と微笑みながらブリーフケースからパソコンを取り出す大豆生田さんを見て、喉と胸がぐっと詰まるのを感じる。
なんだか、過去の自分が報われたような気がして。
このままだと朝っぱらから新しい上司の前で涙を流すという、前代未聞の恥晒しをしてしまいそうなので、早々に話題を変えなきゃ。
そう思ったのに。
「なのになぜバックオフィスに?」
話題を変えるどころか、核心に切り込まれて体温が少し上がる。
本人はそんなクリティカルな話題を出したとは思っていないのか、今度はブリーフケースから赤いパッケージのタバコとをオイルライターを取り出し、机の隅に置いている。
普通なら気になっても深入りしないと思うけど、ここで突っ込んでくるのは流石パートナー、なのかも。
「…大したことじゃないんで。そろそろ次の会議の時間では?」
「幸い次の会議はリスケになって、時間は全然ある」
やんわりと断ろうとした私の意図を読み取ったのか、視線が「話して」と促す。どうやら逃げる術はなさそうだ。
-–
当時、私は新卒2年目だった。
仕事にも慣れてきた一方、クライアントに請求する高いフィーと自分の成果が見合わないことに悩む日々を送っていた。
バリバリ働いて成果を出し、上司やクライアントからの評価が高い同期。
外圧を一切気にせず自分らしく働き続ける同期。
彼らと比較して自分の能力の無さに落ち込むことも増えていく。
「何言ってんの。まどかも全然評価高いじゃん」
気心の知れた同期、榎本梓が私の悩みを鼻で笑って一蹴する。
梓は入社直後の研修から頭角を現し、研ぎ澄まされた美貌と歯に衣着せぬ物言いで、一部の被虐嗜好のある男性からの人気がやたらと高い。
梓は、気は使えるけどお世辞は言わない。
そんな彼女の言葉に安堵しながらも、全ての不安を払拭することはできず、うじうじしていて。
ひとえにタイミングが悪かった。
ちょうど短期の戦略構想策定プロジェクトを終えた頃。稼働率維持のために、特に若手スタッフは領域を問わず、目先のプロジェクトに投入されるのが弊社の傾向だ。
私もその例に漏れず、1週間だけ小休止を挟んだ後に、大規模なシステム導入案件に放り込まれた。
数人で回していた戦略案件とはガラッと異なり、数十人が投下されて複数のチームを組む、軍隊のようなプロジェクトだった。
「ちょっとねー今人いなくて猫の手も借りたくて。新人でもなんでもいいから」
アサイン面談で出会ったパートナーは伊藤、と言うらしい。
節々に感じ取れる新人軽視の発言。
パートナーレベルにまで成り上がった人間だし、新人は取るに足らない存在なのかもしれないけど。
それにしても、昨今の自分の自信のなさが妙にマッチしてしまって。いきなり自己肯定感が削られていくのを感じていた。
「ま、よろしく頼むわ」
メンバーの入り繰り難しくてキャッチアップがいちいち面倒臭いからさ、逃げないでよね。
最後に何気なしに放たれた一言が纏うおぞましさが肌を這って気持ちが悪い。彼の目を見れば、その発言が本気であることも容易にわかる。
「あーあいつ。評判悪いよね」
アサイン面談を終えて、トボトボとデスクに戻る道すがら。出会った梓に泣きつけば、険しい表情で容赦無く吐き捨てるからびっくりしてしまう。
「そうなんだ、それは知らなかった」
「だからまどか、あいつに何言われても本気にしちゃダメよ」
まどか真面目そうだから全部受け止めて潰れそうで心配だわ。
誰か知り合いにまどかの様子を見ててもらおうかしら、と美しい顔を歪める同期に申し訳なく思う。
「大丈夫大丈夫、なんとかやるよ」
と、心の中に残っていたありったけの気持ちを詰め込んで言葉を返す。
そう?とまだ心配そうな梓の肩を叩いて席に戻る。やれるやれる、と心の中で何度も呟きながら。
なのに。結局梓の心配した通りになった。
システム導入は初めての仕事で、全くスマートに動けない。
クライアントとのミーティングに出ても専門用語がわからなくて、議事録すらうまくまとめられない。
同じチームの先輩やマネージャーは優しかったけど、それすらも徐々に苦痛に感じられるくらい、私の心は疲れていた。
例のパートナーにはミーティング後に
「それでも2年目か」
「何あの資料」
と何度も吐き捨てられ。
最終的に、2ヶ月も立たずに心が折れて休職することになってしまった。
-–
「え、そうだったの」
大豆生田さんの表情は固い。
これまでに見たことがないほどの険しい顔で、彼は一体何を考えているのか。漂う静けさの中に、緊張感も徐々に張り巡らされてゆくかのようだ。
「ええ。数ヶ月休んだ後に、人事と復職面談をしまして」
「その時にコンサルじゃなくてバックオフィスを選んだってことか」
「そういう感じです」
本当は退職も考えた。
けれど、ようやく前を向こうとした時に、全く知らない新しい会社を選んで、ゼロベースで人生を仕切り直すだけの気力も体力もなかった。
「もう秘書5年目なんで、コンサル時代の歴史の方が短いですね」
「…そ」
ふと私から目を逸らして本棚に目を向ける大豆生田さん。
再び静かな間ができる。
「伊藤ってさ、昔からそうなんだよね」
「…はい?」
「パワハラ気質で何人も潰してるのよ」
スタッフ間の噂話で似た話を聞くこともあったけれど、パートナーから直々に語られるということは少なからず事実を含むのだろう。
「…そうですか」
「なんだかんだ揉み消されてるけどね。いまだにあいつのプロジェクトに入って病む若手いんのよ」
「パートナーって直接的にプロジェクト取り仕切らないのに、ですか」
「そうね。いじめにも色々なパターンがあるんですな」
それこそ弓家さんだってその被害者でしょう。
ふう、と大きなため息をつく彼には、きっと想像もできない苦悩があるのだろう。何の言葉をかけることもできず、ただ整った横顔を見つめるしかできない。
「あ、そうだ」
この場の雰囲気にはそぐわない明るい声が聞こえて、反応が遅れてしまう。彼は、何かを思いついたように椅子をくるりと回転させ、イタズラっぽい光を目に湛えて私を見つめてくる。
少年のような顔つきに思わず戸惑う。
「弓家さん、せっかく俺の秘書になったんだし」
「はい?」
「伊藤(オニ)退治でもしに行っちゃう?」
は!?
「この際、コテンパンに叩きのめしてやろうぜ」
キラキラと輝く瞳は40代半ばの男性のそれとは思えないほどに綺麗で。思わず見惚れてしまうけれど、発言内容がまるで穏やかでない。
「…ちょっとそういうのは色々と問題があるのでは」
「やだなー冗談だよぅ。弓家さん、もうちょっとユルく行こうぜ」
どうやら揶揄われたらしい。
「もう!次の会議始まりますよ!」
悔し紛れに叫べば、くすくす笑いながら「はいはい」と簡単にいなされてさらに悔しい。
「ま、覚えておいてよ」
では、と鼻息荒く部屋を出る私が最後に聞いた一言は、聞かなかったことにしてもいいかしら。
コメント
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うわああ第4話も激アツだったよ…!!😭✨ 大豆生田さんが過去のプロジェクトのこと覚えてて「一緒にやったじゃん」って自然に言えるの、不意に胸にくるやつすぎる…!あのシーンだけで大豆生田さんの人間性まるわかりじゃん…✨ 弓家さんの過去のパワハラ経験や休職の話、切なくて胸がぎゅってなったよ。でもそれを穏やかに受け止めてくれる大豆生田さんの存在が尊すぎる…!最後の「鬼退治」発想も、冗談とはいえ怒ってくれてるのが伝わってきてグッときた🥺 2人の距離がどんどん縮まってくの、次の話が待ちきれない…!!
うめぼっち

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水無月 京
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