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⟡.·*.
「ぼやけた夜の輪郭」
の街は、楓にとっていつも以上に広く、そして、怖かった。 家を飛び出すときに持ってきたのは、 小さな能のぬいぐるみと、兄のお古のぶかぶかのパーカー。それだけだった。 泣いたせいで視界はにじみ、もともと弱い夜の視力はさらに曖昧で、光と影の境目が全部、 溶けてしまっている。ここにいたら、もう耐えられない。そんな思いだけで、 楓は暗い道路を歩いた。街灯は点々と並んでいるが、 その光はただのぼんやりした円のようにしか見えない。足元も形が曖昧で段差か影かすら判別がつかない。それでも前に進もうとするのは戻る場所がもうないと知っているからだった。影だと思った場所に、ほんの少し高さがあった。 つま先が引っかかり、身体が前につんのめる。落ちるそんな感覚より先に、柔らかい何かが楓の腕をつかんだ。
「わっ、危ないっ!」
細く透き通るような声。 次の瞬間、強くはないけれど確かな腕に抱きとめられ、楓の体はふわりと支えられた。
「 大丈夫?痛くない? 」
目の前で揺れる黒髪が月明かりに光る。にこにことした表情なのに、瞳の色だけが妙に読めない――光を吸うみたいな、不思議な目。 楓は驚きに息を飲み、しばらく声が出なかった。
「 ご、ごめんなさい足元が見えなくて… 」 絞り出すように言うと、その女性は小さく首を傾けて笑った。
「見えないなら、見えるようになるまで、私が手伝うよ」 その言い方はあまりに軽やかで知らない人に向けるものとは思えないほど自然だった。
「 わたし、江渡 … ううん、アヤメって呼んでほしいな。あなたは? 」 自分から先に名乗り首を傾けて楓に対して問いかける。
「 … 天野 、楓です 」
「 楓ちゃんかぁ 、 可愛い名前だね 」
ボソッと呟いた楓の声を聞き逃さずに、ふふっと優しい笑みをこぼす。その瞬間、楓の胸の奥で何かが柔らかくほどけた気がした。誰にも優しくされずに生きてきて十数年。今日家を飛び出した。傷だらけの体と心を抱え、楓にとって夜はとてもじゃないほど危険で、恐怖でしかなかった。そんな気持ちを持ちつつも暗闇の中にあるパチバチとついては消えたりする灯りを頼りに歩いていたがいきなりバチンという音を立てその灯りは消えてしまって今に至る。目の前にいる菖は霞んでるはずなのに何故か輝いてやけに明るい、そう目が捉える。こんなことははじめてで、オーラ的なものを感じ取っているだけだと思っていた。どんな見た目をしているんだろう、触れてみたくなった楓は歪んだ輪郭線をまじまじと観察しながら、ここが目なのかななど探るように考える。実際触る度胸は到底なく、自分の体の後ろで手をぴくぴくさせつつも様子だけを伺っている状態。菖はそれに気が付かぬまま口を開く。
「 …どこか行く場所ある? 」
さっきまでニコニコしていた菖が、細く目を開き心配の眼差しを向ける。菖の問いに対し首を小さく横にふる。 「 そっか 、 じゃあしばらく私といっしょにいようか。 」 言葉はあくまで優しく、押しつけがましくないのに断る理由が楓には見つけられなかった。差し出された手。見えづらいはずなのに、その手だけはっきり形を持っているように見えた。-- こと人といれば、少しだけ夜が怖くなくなるかもしれない。楓は震える指で菖の手を握った。そして2人は静かに動き始めた。それが恋の始まりだと気づくのはもう少しあと -- 。
「 ここ段差あるから気を付けてね 」
さっきから菖がずっと先導してくれている。どれくらい歩いたのだろうと楓がふと思った頃、街外れの灯りで包まれた公園へとたどり着く。ここだよと言わんばかりに楓の手をきゅっと優しく握る菖。見えないのに初めてきたことは直感でわかった楓をベンチに誘導する。先に楓を座らせて、ここまで怪我なく連れ来ることが出来たことに安堵し、胸を撫で下ろしてから隣へと座る。きっと喉乾いるだろうなと考え何かあげられるものなかったかなと菖は考えようとした、それと同時に数時間前に自販機で買ったコンポタを思い出す。慌ててコンポタを取り出すも暖かいどころか、この寒い気温のせいで冷めきってしまっている。またやっちゃったとこれが1度ではなく、この季節は何度も同じことをやってしまっていることに対して深く落ち込む。隣で白い息を吐いて寒そうにしてる楓に申し訳なさそうにしつつもそのコンポタを手に渡す。冷たいはずのものが暖かく感じて撫でるように触る。 「 ごめんね 、 もう冷たくなっちゃってるけど … 」 寒かったよね、と付け足して渡した物よりも少し暖かい手を上から包むようにしては。小さくて華奢な菖の手は微かに震えていることがわかる。久しぶりに感じた人の温もりで今迄我慢していたものが崩れ落ちるかのように涙がぽたぽたと地面にこぼれ落ちてゆく。そんな私を何も言わないで、優しく抱きしめてくれた。それからどれくらい泣いたのか分からないまま泣き疲れそのまま菖の腕の中で眠りに落ちる。