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『ポートマフィアの日常。』開幕〜
午前中のオフィス。空調の音だけが静かに響いていた。窓の外では、黒い海が港の向こうに広がっている。太陽は雲の隙間から覗いているが、陽射しは冷たい。
デスクに足を投げ出して、天井を見上げていた。首元の包帯がほんの少しずれている。
太宰『暇だねえ。死にたいくらい退屈だよ。』
中夜「手前、またその台詞かよ。飽きねえのか、それ。」
椅子の背もたれに体重を預けながら、中也が鼻を鳴らした。手元では帳簿を睨んでいる。数字の羅列が気に食わないらしく、ペン先が紙を引っ掻く音が苛立たしげだった。
太宰「君こそ、そんな顔で数字とにらめっこしてる方がよっぽど不毛じゃないか。」
中也「あァ?喧嘩売ってんのか。」
給湯室からマグカップを二つ持って出てきた。片方を太宰の机にことりと置く。
わさび『はい、コーヒー。文句言わず飲んでください。』
太宰「おや、わさびちゃん。気が利くねえ。」
わさび「別に太宰さんのためじゃないです。ろちさんが飲むって言ったから淹れただけで。」
壁際のソファに座ったまま、カップを受け取った。
ろち「ありがと。ちょうど欲しかった。」
自分の席で頬杖をつきながら、ぼんやりと空を眺めていた。
メル「……平和だねえ。こういう日がずっと続けばいいのに。」
と、そのとき。廊下の奥から足音。規則正しく、一切の無駄がない。全員の視線が入口に向いた。
ゆら「…..」
青い狐の面をつけた人物がドアを押し開けて入ってきた。銀髪が揺れ、煙草の匂いがふわりと室内に漂う。お面の下半分が微かに白く曇っていた。
帳簿から顔を上げ、露骨に眉を寄せた。
中也「おい、室内で吸うなって何回言わせんだ。」
くすりと笑った。目は笑っていない。
太宰「相変わらずだねえ、ゆら君。その面、息苦しくないのかい?」
小走りで近づいて、少し心配そうに見上げた。
わさび「ゆらさん、おはようございます。……お面つけたまま吸うと、火傷しません?大丈夫ですか?」
ろちは、カップに口をつけたまま、ちらりと視線だけ向けた。特に何も言わなかったが。
ぱたぱたと手を振った。
メル「あ、ゆらくーん。おはよ〜。」
五人の反応が綺麗に分かれた。中也は舌打ち、太宰は皮肉、わさびは気遣い、ろちは無関心、メルは呑気。いつもの光景だった。
――訂正。狼乃ゆらは女性である。
煙草のことを言ったつもりだったが、改めて見ると面を外す気配もない。腕を組んで背にもたれた。
中也「……つーか、いい加減それ外せよ。顔も見せねえで幹部ってのもどうかと思うぜ。」
にやりと口角を上げて、芝居がかった調子で。
太宰「まあまあ中也君、人の秘密を暴こうだなんて野暮じゃないか。ねえゆら君?」
ゆらの横に立ちながら、さりげなく灰皿を差し出した
わさび「ここ、使ってください。……でも確かに、ご飯の時とかどうしてるんだろうって、ずっと気になってます。」
ぼそりと呟いた。
ろち「不老不死で面つけっぱなしって、なんか罰ゲームみたいだよね。」
首を傾げた
23
メル「私は別にいいと思うけどなあ。ミステリアスでかっこいいし〜。」
面のことに触れられるのは、この部屋にいるときの日常茶飯事だった。ゆらは入団初期に太宰と中也から軽い嫌がらせを受けて以来、常にあの面をつけている。理由を知っている者は、ここにはいない。
・・・
・・・
・・・
返事はなかった。ゆらはただ面越しに部屋を見渡すと、空いている席に向かって歩き始めた。その足取りは淡々としていて、会話を拾う気がないのは明白だった。
中也「……チッ、相変わらず無愛想な奴。」
太宰「まあまあ、嫌われてるのはお互い様だろう?」
中也「お前と一緒にすんな。」
わさびは、差し出した灰皿がそのまま宙に浮いた形になり、苦笑しながらも机の端にそっと置いた。
カップの中身を一口啜ってから。
ろち「嫌われてるっていうか、興味ないんだよね、あの人。全方位に。」
メル「えー、私は嫌われてないと思いたいなあ。ねえゆら君、今度一緒にお茶しない?」
メルの問いかけが宙に溶けた。面は微動だにしない。座ったゆらは面をつけたまま懐から携帯灰皿を取り出し、短くなった煙草をしまった。その動作が妙に手慣れていた。
太宰は、その様子を横目で見ながら、つまらなそうに爪を弄った。
ゆらは紙に、
”“お茶会OK。””
と書いた。
メル「ほんと?やった〜。じゃあ今度の休みにね、約束だよ。」
紙切れ一枚。それがゆらのコミュニケーション手段だった。声を聞いたことがある人間はこの組織でも片手で数えられる。
中也「……なんだそりゃ、筆談か?メール打てよ今時。」
太宰「中也君、君の声は大きすぎるから丁度いいんじゃないかい?あの面越しでも聞こえないだろうし。」
中也「あァ!?俺のせいだってのか!」
わさび「はいはい、朝から喧嘩しないでください。……でもゆらさん、字きれいですね。」
ろち「お茶はOKで、私たちの誘いはNGってこと?ちょっと傷つくんだけど。」
ろちの言葉に、わさびが少し困ったように笑った。否定はできない空気があった。面は沈黙したまま、次の煙草に手が伸びかけて、やめた。
紙に、
「ろっちゃん(ろち)とわさちゃん(わさび)とメルちゃんの誘いは全然歓迎。」
と書いた。
わさび「わ、わさちゃん……?初めて呼ばれました、そういうの。」
ろち「ろっちゃん。」
ろち「悪くないね。」
メル「メルちゃんはそのままなんだ〜。嬉しい。」
ガタッと立ち上がった
中也「おい待て、じゃあ俺らはどうなんだよ。」
太宰「聞くのかい、それを。勇敢だねえ中也君。」
中也「うるせえ、気になるだろうが!」
中也の怒声がフロアに響いたが、面はぴくりとも動かなかった。その沈黙が何よりも雄弁な回答だった。ろちが小さく吹き出す音が聞こえた。
わさび「え、えっと。」
太宰「まあ予想通りだろう?僕ら初日に随分やらかしたからねえ。自業自得ってやつさ。」
中也「……ぐっ。」
言い返せず、どかっと座り直した。
ちなみに彼らは入りたての頃の時のゆらに何したかって言うと____
続く。
コメント
3件
やべぇ次楽しみ
太宰さんの「死にたいくらい退屈」があまりにも日常に馴染んでて笑ってしまいました。でもメルさんの「平和だねえ」が結構重く響くんですよね……。キャラごとの反応の描き分けが自然で、オフィスの空気感が伝わってきました。そしてゆらさんのミステリアスな存在感がいいですね。面の下の過去や筆談のリズムが気になります。交代で呼び名が変わっていく流れも好きです。次回、太宰と中也の“やらかし”の真相が待ち遠しいです!