折り合い付くまで光貴と話し合えば、博人とは一緒になれないことはわかっていた。
光貴と向き合えば私は博人についていけなくなる。私の性格を博人が見抜いていたからこそ、駆け落ちという非道な提案をしてきたのだ。
光貴と結婚して人生の伴侶として選んだ時点で博人と一緒になるなんて、絶対に無理なことだった。わかっていたはずなのに、夢を見てしまった。
これから光貴はサファイアのギターで、メジャーで活躍して、彼の夢を追いかけていく未来が待っている。
私を刺して警察に捕まってしまったら、もう、絶対に光貴はメジャーで活躍できなくなってしまう。サファイアのメンバーにも迷惑がかかる。
光貴の夢を、希望を、彼の人生を、私のせいで棒に振らせるわけにはいかない。
こんな惨事を引き起こしてしまった責任を取らなきゃ。
襲い来る強烈な痛みに耐えながら、光貴がひるんだ隙に必死に玄関まで行った。今しかチャンスは無い。無心で前に進んだ。
たった二メートルもない僅かな距離が途方もなく遠く感じた。
あまり自分の血の痕跡を他に残さないように気を付け、電子鍵のロックを外して扉を開けると、目の前に博人が立っていた。
「律、出てくるのが遅かったな――」
玄関先の異様な光景を見た博人は息を呑んだ。
「入って、早く」崩れ落ちそうな身体を扉で支え、博人を玄関先に滑り込ませた。「話……聞こえてた?」
「いいや。ここの扉は防音がしっかりしているから、外へは聞こない。それより律っ、お前、大丈夫か!? 早く病院――」
私の脇腹に突き刺さったギターのオブジェを見た博人は急いで病院へ行くことを促してくれたけど、強く首を横に振って拒んだ。
さっきのやり取りは扉の向こうに立っていた博人にも聞かれていない。となれば、近所に家庭内で起こった争いが聞こえているわけではなさそうだ。良かった。これで光貴が疑われたりしなくてすむ。
博人にしがみつきながら必死に訴えた。「一緒に地獄へ堕ちてくれる約束だよね? 私を、連れて行って」
体制を変えただけで少し衝撃が走る。それだけで脳天を打ち砕く程の激痛を呼び起こした。
「ああっ…!」
痛みに堪えきれずに小さな悲鳴が漏れた。大声を出すわけにはいかなくて、唇を噛みしめて悲鳴を堪えた。
「無茶して動くな!」
この異常な状態の雰囲気を見て博人は全て悟ったのだろう。
崩れ落ちる私をしっかり抱きしめてくれた。
「律。よく頑張ったな。後は俺に任せろ」
頷く博人は私の意図をわかってくれた。博人に抱えられて安心したのか、痛みに耐えきれなくなったのか、意識が遠のいてきた。
「光貴…は悪く……ないから」
神様。
「お願い、博人…光貴を……守って………」
どうかお願いします。
「律。お前の気持ちはわかってる。後は俺に任せろって言ってるやろ! もう喋んな!!」
光貴だけは助けて――
「あり…がとう……」
後は博人に託そう。
彼ならこの場を上手く切り抜けて、私だけを地獄へ連れて行ってくれるはず。
私をしっかり抱きしめてくれる博人に小さな声で耳打ちした。「博人。地獄で…先に待ってるから」
途端に力が入らなくなった。
私の意識はそこで途切れた。