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「貴様! 私の牙を受けても平然としているとは! やはり、神々の加護があるからか……!」
口からチロチロと炎を吐きながら四肢をばたつかせるが、那由多は平然とそれを眺めていた。
「加護と言うよりも、根本的な所に問題があるけどな」
これまで我慢していた那由多は、途端に表情を緩め、マルコシアスを胸に抱いた。頭に頬摺りをし、少し固い毛の感触を直に確かめる。
「こら! ヤメロ! 男に抱きつかれるような趣味はない! 離せ! ベリアル! 助けてくれ!」
那由多の腕から逃げ出そうとするマルコシアスは、横で見ているベリアルに助けを求めるが、ベリアルは「マスターには逆らえん」と、ニコニコと笑いながら返す。
「ほらほら、契約をしないと、遊んであげないぞ~」
マルコシアスを下ろした那由多は、肩に提げたバッグからテニスボールを取り出す。
「遊ぶだと? 巫山戯るな! 我を誰だと思っている……!」
マルコシアスが言い終わらないうちに、那由多は振りかぶってテニスボールを投げた。マルコシアスは脱兎のごとく駆け出すと、赤い大地に弾むテニスボールに飛びついた。そして、フサフサした尻尾を振りながら、こちらに戻って来た。
「我は三〇の軍団を……」
また那由多がボールを投げた。それをマルコシアスは走って追っていく。そして、ボールを咥えてまた戻ってくる。三度、那由多はボールを手にした。マルコシアスの口調は相変わらずだが、その目は輝いており、那由多ではなく手にしたボールに注がれている。
「従える大悪……!」
テニスボールが空に大きな弧を描き、マルコシアスが小さな体を目一杯動かしボールを追っていく。
「マスター、時間は平気なのか? ここは、現実世界と同じ時間だが」
那由多とマルコシアスのやり取りをしばらく見ていたベリアルは、呆れたように告げる。
「あっ……! 忘れてた! 早く契約しないと!」
マルコシアスの唾でべとべとになったボールを指先で掴んだ那由多は、片膝をつくと、マルコシアスを見つめた。
「頼む、俺と契約してくれ、もちろん、タダとは言わない」
「なんだと? 貴様に、我の望むものが用意できるというのか?」
「これでどうだ?」
今度は、骨の形をした犬ガムを取り出した。
「デヴァナガライ……! お主、本当に我を怒らせたな! 我は犬ではないぞ! その様なもので、我を従えられると思うな! 今すぐ、その喉を噛みきってくれよう!」
グルルル……と、牙を剥くマルコシアス。那由多は溜息交じりに「そうか」と呟く。
「じゃあ、これはいらないな」
「いや、折角だから貰っておこう」
マルコシアスは、犬ガムを那由多の手から奪い取るように咥えると、嬉しそうにゴロゴロと転がりながらガムをかじり始めた。
「で、契約の件なんだけどさ」
「我の契約は……」
マルコシアスはガリガリと犬ガムを囓ることに夢中になっており、こちらを見向きもしない。
「難しいぞ。果たして、貴様にできるか」
「やってやるさ」
那由多が答えると、マルコシアスは口に犬ガムを咥えながら、こちらを見た。その愛くるしい姿に、那由多は写真を撮ろうかと思ったが、思いとどまった。下手にマルコシアスを刺激して、機嫌を損ねてしまったら、それこそ問題だ。那由多は、写真を撮る代わりに鞄から猫じゃらしを取り出した。棒に括られた紐の先に、フサフサのボールが付いている猫の遊び道具だが、嗜好は猫と酷似している、このおもちゃも気に入るに違いない。
「貴様、我を小動物と勘違いしていないか? そんな畜生が反応するような子供だましに、我が尻尾を振ると思うな」
那由多が猫じゃらしを左右に振ると、機敏に猫じゃらしを追うマルコシアス。タイミングを計り、今にも飛びついてきそうな食いつき具合だった。
「ならば、一つ……試練を与える」
猫じゃらしに飛びついてきたマルコシアスだが、直前に那由多が上に持ち上げ、猫じゃらしを捕まえることはできなかった。
「我に、生け贄を捧げるのじゃ」
「生け贄?」
「そうじゃ、その生け贄とは……」
マルコシアスの要求を聞き、那由多の呼吸が止まった。生け贄。その言葉の重さに、那由多は返答に困った。一瞬の隙を突き、マルコシアスが猫じゃらしに飛びつくが、またしても直前で那由多に動かされ空振りに終わった。
「どうじゃ、お主にも用意はできまい」
「いや、大丈夫だ。若くて美しい女性なら良いんだな? 処女かどうかは分からない。そこは目を瞑ってくれ。それならば、生け贄は用意できる」
「マスター……」
那由多の言葉に、ベリアルは心当たりがあるのだろう。渋面を浮かべるが、那由多は一睨みしてベリアルを黙らせた。
「分かった、それならば、手を打とう」
マルコシアスは猫じゃらしをゲットした。那由多は釣り竿に見立てた猫じゃらしに大きな魚が掛かったことに満足し、立ち上がった。
「じゃ、契約は成立だな」
親指の腹を噛みちぎり血を出すと、マルコシアスの額に親指を押し当てた。
「良いだろう、マスター、いや、主。これからは、主に仕える」
「ああ、よろしく頼むぜ、マルコシアス」
ハンカチで指先を拭った那由多は、ポケットからスマホを取り出すと、犬ガムを噛みながら猫じゃらしで戯れるマルコシアスを、様々な角度から写真を撮り、その中の一つを壁紙に設定した。
「………マスター。小動物が好きなのか?」
「愛くるしい動物が好きなんだよ。見てるだけで癒やされるだろう?」
「マルコシアスは歴とした悪魔だが……」
登場した瞬間から悪魔の威厳など微塵も感じられないマルコシアスを見て、ベリアルは嘆息を漏らした。
「昔からああいう奴だ。私共々、よろしく頼む」
「ああ、ベリアルも頼むぜ」
一頻り写真を撮り終え、満足した那由多は、再びヴァレフォールを呼び出すと、現実へ回へと通じる扉へ向かった。