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バルメロイは小さな漁村で生まれた。
村が食べていける程度の漁を営む、本当に小さな漁村だ。
学問を学ぶ機会はなかったが、必要だとも思わなかった。
いずれ、自分も漁に出て、魚を捕って一生を終えるのだと思っていた。
ある日、いつものように船が戻ってきた。
だが、いつもと様子が違う。
動きが直線的過ぎるのだ、普段ならあんな舵の取り方はしない。
余程、急いでいるのだろうか。
違和感をおぼえながらも、積み荷を降ろすために村人達が出迎えると、腹を刺された。
海賊だ。
父の漁船が海賊に奪われたのだ。
戦闘があったのだろう。
次々に降りてくる海賊たちは明らかに手負いだ。
だというのに恐るべき手際の良さで村人を殺し、海を血で染めていく。
村人達は必死に応戦したが、後からやってきた巨大な帆船を見て武器を落とした。
大嵐にでも見舞われたのか、あちこち壊れている。
帆船が到着する頃には村は完全に制圧されていた。
船長らしき男が叫ぶ。
「男は殺せ! 女子供は奴隷にしろ!」
奴隷になる経緯などこんなものだった。
罪を犯したのなら、ひどい仕打ちを受けるのも理解できる。
だが、この世は不条理でどこまでも救いがない。
略奪された奴隷の扱いは雑だ。
タダで手に入れた他人の命など、大切に扱う気にもならないのだろう。
船底に隙間無く積み込まれた奴隷達は、身動きすらできない。
食事はおろか、トイレにすらいけないのだ。
当然そのような環境では人が死ぬ、死ねば腐臭がするし、腐った肉を虫やネズミが囓る。
その虫やネズミを食わねば、一週間もの航海を生き延びることなどできない。
中には死人の肉を食い嘔吐する者もいた。
港に着くと、積み込まれた村人の9割が死んでいた。
死人は海に投げ込まれ、魚の餌になった。
では、生き残った者は幸せだったのだろうか。
そんなことはない。
新しい地獄が続くだけだ。
ある者は嗜虐趣味の主人に買われ、少しずつ身体を失っていった。
ある者は医療の発展の為だと毒を飲まされ、苦しんで死んだ。
ある者は犯罪者の身代わりにされ、無実の罪を着せられて処刑された。
バルメロイは知っている、自分が生きているのはただ運が良かっただけだと。
偶然、ムンミウス家に拾われ、執事のように扱ってもらえただけだと。
命を物として消費する。
そんなことが許されてはならない。
人の尊厳は守られねばならない。
奴隷制度は存在してはならない。
ギチギチと、虫が蠢く音がする。
バルメロイは奪った聖衣に身を包み、虫人たちを先導する。
後ろを見ると、1000を越える虫人が続いていた。
帝国周囲の村人や、冒険者たちだ。
皆、虫に脳を食われ。操られている。
両目を潰され、脳を食われても、人間は存外長く動けるものだと感心した。
村を襲って火を放ち、抵抗する者を殺した。
命乞いする村人たちの口に虫を入れてやり、脳を食わせた。
不思議だ。
まるで自分は、あの時の海賊のようなことをしている。
平穏に生きる村人を襲い、殺し、奴隷にして従えている。
物のように扱い、尊厳を奪って、ただ使い潰そうとしている。
しかし、これしか方法がないのだ。
帝国に反旗を翻そうと言っても、正気な人間は断る。
ただちに大量の戦力を生み出し、帝国にぶつけるにはこれしかない。
両目を潰したのだって、アーカードの第七奴隷魔法を避ける為だ。
視線ひとつで相手を支配する魔眼も、瞳がなければ通らない。
すぐ後ろを歩く少年が、うわごとのように誰かを呼び続ける。
他の虫人たちも、うなされるように繰り返していた。
残酷なことをしている自覚はある。
ここまでの犠牲を出したのだ。必ずや人権を世に広めなければ。
『その意気です。バルメロイ。誇り高き聖者よ』
女神の声が、私を讃える。
『あなたは正しいことをしています。胸を張ってお行きなさい』
おお、女神ピトスよ。
あなたが居なければ、こんなことはしませんでした。
きっと、私は利用されているのでしょう。
ですが、あなたが居なければ。私はここまで誇り高く戦うこともできなかった。
貧者が富める者に勝とうとすれば、身を切り、全てをなげうつ他ありません。
そうしてようやく、一時だけ拮抗できる。
頭の奥でギチギチと音が鳴る。
虫がバルメロイの脳を食い、魔力を流しているのだ。
異常な高揚感が全身に漲っていく。
「うあ、う」
「おかあさ、おかあさん」
「バルメロ、殺してやる、殺して」
虫人たちの声も、今のバルメロイには愛おしく感じられる。
脳に巣くう虫たちも歓喜しているのか、ギチギチギチと笑っていた。
「安心してください。私もすぐに逝きます。あの世で祝杯をあげましょう」
バルメロイは青空のように爽やかな笑顔で、虫人たちに応えた。