テラーノベル
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第4話「気づいてしまった人」
翌日のリハーサル室。
音合わせの合間、らんは壁にもたれて水を飲んでいた。
(……ちょっと、しんどい)
喉がひりつく。
息を吸うたび、胸の奥がざわざわする。
「……らん」
低い声がした。
顔を上げると、いるまが立っていた。
腕を組み、じっとこちらを見ている。
「何?」
いつも通りの、軽い声。
でも、目は逸らした。
「昨日からずっと、呼吸おかしい」
一瞬、時間が止まる。
「……そう?」
「そう」
即答だった。
「歌ってない時も、肩で息してる。
あと——」
少し、声を落とす。
「……顔、無理してる」
胸が、どくんと鳴った。
「そんなこと……」
否定しようとして、言葉が詰まる。
「……っ」
息が引っかかる。
小さく喉が鳴った。
「……らん」
いるまが一歩、距離を詰める。
「ここ、来い」
有無を言わせない口調だった。
リハ室の外、誰もいない廊下。
ドアが閉まる音が、やけに大きく響く。
「……で?」
壁に寄りかかるらんを、いるまは見下ろした。
「何を隠してる」
「……隠してない」
即座に返したけど、声が震えた。
「じゃあ、なんで泣きそうなんだ」
その一言で、限界が近づく。
「……泣いてない」
「目、赤い」
「……」
言葉が出ない。
「らん」
名前を呼ばれただけなのに、喉が詰まる。
「俺、言われるの待つの嫌いなんだ」
いるまは、少しだけ柔らかい声で続けた。
「倒れるまで黙ってるタイプだろ、お前」
その通りすぎて、何も言えなかった。
「……っ」
急に、胸が苦しくなる。
「……は……」
息を吸おうとしても、浅い空気しか入らない。
「おい、深呼吸」
「……でき……」
声が掠れる。
「……っ、は……ひっ……」
嗚咽が混じる。
「……らん」
いるまが、そっと肩に手を置いた。
「今は話さなくていい」
「……っ」
肩が震え、視界が滲む。
「……ごめ……」
「謝るな」
少し強めに言われて、びくっとする。
「苦しいって言うのは、迷惑じゃない」
その言葉に、何かが崩れた。
「……怖い……」
絞り出すような声。
「……全部……壊れそうで……」
言い切れず、涙が落ちる。
「……言ったら……」
喉が鳴る。
「……終わる気がして……」
しばらく、沈黙。
いるまは、手を離さなかった。
「……終わらせるかどうか決めるのは」
静かな声。
「お前じゃなくて、俺たち全員だ」
顔を上げると、真っ直ぐな目があった。
「……一人で抱えるな」
らんの胸が、きゅっと締まる。
「……でも……」
言葉の続きを、声にできない。
「全部言わなくていい」
いるまは、少しだけ視線を逸らした。
「……でも、限界なことくらいは、認めろ」
その瞬間、らんの喉から小さな音が漏れた。
「……ひっ……」
「……苦しい……」
初めて、はっきり言葉にした。
「……もう……」
息が乱れ、嗚咽が溢れる。
「……限界……」
いるまは何も言わず、そばに立ち続けた。
逃げずに、目を逸らさずに。
それが、らんにとっては一番、救いだった。
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コメント
1件
まじで神な流れされてて。 感動してくる。