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それは月刊トゥインクルに掲載されていた詩。
一人の少女が、病室のベッドでそれを食い入るように見つめた。
『おい 誰れか灯をつけて呉れよ。
手さぐりで ようやく 此処まできたんだ
こんなに真暗らじゃ
もう駄目だ 恐ろしくつて足がでないや
おい 誰れか灯をつけて呉れよ』
なぜだか、少女は元気づけられた。
トレセンに来てから、何度も何度も頑張った。
病気に侵されがちの体で、歩み続けた。
たまに忘れられてしまうが、仲間たちだっていてくれた。
それでも、暗い道を歩んでいる感覚だったのは確かだった。
怖くて、不安で、ここからどう歩めばいいのかもわからなかった。
そして、その感覚をどう表現すればよいかもわからなかった。
そんな時に、それを言い表してくれるかのような詩と巡り合えた。
そして、そんな詩をしたためた人の名前は・・・
僕にとって、朝も夜もなかった。
ただ、目が覚めた時が、一日の始まりだということが確かだ。
怠惰であると思うなら、どうぞお構いなく思ってくれよ。
それでも、僕は生活破綻者であることを恥に思わないだろう。
ただ、今日は夜明け前に目覚めた。これだけでも健全だろう?
府中というところは、古き良き日々の面影が今も残っている。
ただ、僕にはそれのどこが良きものかわからなかった。
確かに風情というものは感じられるであろうが、それだけなんだ。
僕は外着に着替え、玄関のドアをそっと開ける。
夜明けの暴力的なまでのオレンジが空を徐々に染めつつあった。
体は未だに重く、眠気は残留していた。
それでも、すうっと爽やかな空気が僕に当たってくる。
蒲団の中で考えていたあれこれまでもがすうっと消えてしまった。
仕方ないとは思いつつ、僕は歩み始める。
開店準備が滞りなく進められて賑やかな商店街。
道行く人や店主たちは僕に挨拶してくれて、僕もそれに応じる。
少なくとも、人と人との繋がりが厚い場所ではそうした方がいい。
僕だって悪い気分はしないし、相手も悪い気分じゃないだろう。
それでも、僕は人間社会にどうにも馴染めない気がしていたんだ。
ただただ逃避するように光の射し込む道路を歩いていく。
すると、気がつけば開けた場所に出ていたんだ。
まあ、世間一般でいう河川敷。そして、その上の道に僕はいた。
日光が反射することで、川面が煌いていた。
それをしばらく眺めながら歩いていると、前から足音がする。
ジャージ姿のウマ娘だった。トレセンの生徒だろう。
朝から実にご苦労なことであった。
きっと、それが普通の人間やウマ娘のあるべき生活だろう。
ただ、僕がそのレールから脱線してしまったというだけにすぎないんだ。
・・・よくよく観察すると、この前、病院で出会ったウマ娘であった。
少なくとも、あれから朝練できるまでは体調は良くなったのだろう。
まあ、僕のことを向こうは忘れているだろう。
病院で会いましたよね、と聞いても怪訝に思われるだけだ。
それに、天下のトレセン生徒をナンパしようなんざ、気が触れた行為だ。
そういうわけで僕は無視を決め込もうとした。
「あっ、おはようございます!えっと・・・李箱さん!」
三女神や天にふんぞり返っているヤハウェはそれを許さなかった。
彼女は・・・ツルマルツヨシは僕のことを憶えてしまっていた。
ああ、せめてこれが破廉恥な行為だと思われないことを祈りましょう!
「やあ、ツルマルツヨシ君だったか?」
「あっ、ツルって呼んでも大丈夫ですよ!
というか、そう呼んでください!どうぞどうぞ!」
天に召しますは、どうか、僕の尊厳。
そんな略称が僕に許されるものか、疑わしい。
このツルマルツヨシというウマ娘。まあツルと呼ぶことにしよう。
彼女は僕に対して、どうにもなぜか懐いてるようにも見える。
僕のどこに懐く要素があったか?わかりませぬ。わかりとうもございませぬ。
「えっと・・・李箱さんって月刊トゥインクルに詩を投稿したことは?」
突然、彼女はそう尋ねてきた。
「確かにあるね」
「おい 誰れか灯をつけて呉れよ」
「ひゃあ、驚いた。まさに僕の作品じゃないか」
僕は伝手を頼りに、その日暮らしをしているといえよう。
原稿料も決して高いとはいえないが、悪くはない。
だから、たまに詩を掲載したり、巻頭に色々書いてたりしてる。
それが好評であったり、著しく不評であったこともある。
「あの、私、李箱さんのファンです!
確かにたまに変なこと書いたりしてるけど・・・!
でも、どこか・・・心が惹かれるというか・・・。
私にもよくわかんないけど、えっと、えっと・・・」
「いいよ、落ち着いて話して」
「ひゃ、ひゃい」
しまった、僕の言葉が逆効果となってしまったらしい。
反省、反省、実に反省しなくてはね。
あの後、少々もたつきながらも、ツルマルツヨシは会話を交わせた。
あの詩を書いた李箱先生と、会話をさらに交わせたのだ!
病院では友人を名乗る傲岸不遜な輩が妨害したが・・・。
今回はゆっくりと話を交わすことができた。
朝練を途中で切り上げてしまったが、自主練だから問題はない。
それよりも李箱先生と話せたことが何よりも嬉しかった。
(ああ、李箱さん、李箱さん、李箱さん・・・いい人だったなあ)
「ねえねえ、キングちゃん、ツルちゃんが変な笑顔だよ」
「しっ、見ちゃ駄目よ、ウララさん」