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口ひげをたっぷりと蓄え、恰幅の良い体格で髪の毛は何度も金髪に染めたせいで痛んでチリチリになった初老のライブハウスの店長――森重隆司(もりしげたかし)さんが立っていた。赤く細い淵の眼鏡をかけている金髪の熊みたいなおじさんだった。
森重さんは、みんなから『森やん』や『師匠』と愛称で呼ばれているバンドマンの良きアドバイザー。だから私も親しみを込めて『森やん』と呼んでいる。
彼はこの神戸で『アウトライン』という小さなライブハウスを経営している。実は今日の結婚式場がここ、アウトライン。私も光貴もバンドの青春時代にたくさんお世話になったので、せめてもの恩返しで売り上げ貢献するべく一役買った。
「森やん、今日はありがとう」
目上の人だけれど敬語は禁止と言われている。音楽『友達』で居たいからだと頑なに譲ってくれない。敬語を使うと怒られてしまう始末。年齢なんか関係なく音楽でいい関係を築きたいという、彼のポリシーだった。
「お礼なんかいいよ。アウトラインを結婚式会場に決めてくれたおかげで、美しいりっちゃんの晴れ姿を見れたから。もう、めっちゃ嬉しいねん!」
「だって私たちが結婚式するならアウトラインしか無いやん」
「そうやな」
二人で顔を見合わせて笑った。森やんと話していると、つい私も関西弁が出てしまう。私も昔はコテコテの関西弁を喋っていたけれど、就職してからは大勢の人と仕事をする事が増えたため、関西弁を封印したのだ。でもたまに出ちゃう。やっぱり方言っていいもんやから!
「今、ステージどうなってるの?」
「ああ。りっちゃんも参加したら?」
今、ステージではバンド仲間がライブを行っていて、ひっきりなしに大きな爆音が会場から流れて来る。それは現在ステージに立っている彼らのオリジナル曲だったり、RBのコピーだったり、色々だ。
ほんとうに楽しい。音楽は最高や!
一生こんな楽しい毎日を過ごしたかったけど、才能が無い人間は早々にステージを去っておかないと後が大変だ。才能溢れる若者に活躍の場は譲り、私は聴き専になるつもり。音楽は大好きだから、形は違っても関係のあるなにかと繋がっていられたらそれでいい。
「森やんはステージで歌ってくれないの?」
「ああ。いいよ。後で歌うわ。りっちゃんの為に、ハッピーバースデー」
「え? どうしてハッピーバースデーになるの。今日は結婚式! ちゃんと結婚式ソングを歌ってくれないと」
「ああ、結婚式ソングな。気が付かへんかった。言われてみれば今日は結婚式やった」
大口を開けて豪快に笑い、森やんは「後でRBでも歌うわ。俺も早く結婚したいー」と言い残して去って行った。
森やんの歌うRB! わ。めっちゃ楽しみ過ぎる!
それより森やんがまだ結婚を諦めていなかったという事に気が付いた。いい人だと思うけれど、光貴以上に音楽バカだから、結婚は難しいかもしれない。
音楽の事を語ると長いし、音フェチで機材オタク。機材や曲の事ならなんでも知っている生き字引のような人。光貴とはとても気が合っている。
小さいライブハウスでも、機材の拘りが半端ない。普通は手の出ない高額機材を導入して、正直このライブハウスクラスでは、機材が不釣り合いで勿体ないと思う。
だからここは年輩のバンドマンには好評。ロックやメタルだけじゃなく、ジャズライブもよくやっている。楽屋に続く通路には、廃盤機材が宝物のように置かれているのだ。
大抵のライブハウスに置いてある、Roland / JC-120(通称名:ジャズコーラス)のギター用コンボアンプではなく、『ヘッドアンプ』(※機器に内蔵されているアンプで、入力端子から入った信号が最初に通るアンプのこと)まで置いてある。型番はJC-120H。廃盤なので普通のライブハウスには置いていない。
ジャズコーラスマニアが、どうしても売って欲しいと森やんがよく詰め寄られているのを見てきた。他にも入手不可のレア機材がどっさり通路に置いてある。機材オタクだから、全部お金をつぎ込んでいるカンジ。
一般の音楽スタジオやライブハウスに置いてあるMarshallのアンプも、何故かアウトラインでは出音が違う。JCも出音が抜群にいい。音抜けが全然違うのは、森やんが機材メンテナンスを鬼みたいにやってるからやと思う。音キチぶりが凄い。
だから、音マニアには人気のライブハウス。神戸で有名な老舗のライブハウスに負けないくらいの出音(でおん)がいいので、シークレットライブ会場でよく利用されている。
プロが利用する事もあるみたいで、定評のあるライブハウスとして名を馳せていた。
森やんはきっと若い頃はモテたと思う。でも機材オタクぶりが半端ないから普通の女性は彼の話についていけなかったのだと想像している。あと、機材にかけるお金は相当なもの。森やんの音キチぶりは光貴が可愛く見える程のもので、私は殆どついていけない話が多いけれど、彼らが楽しそうにギターの事や機材のこと話している顔が好き。私まで楽しい気分になるからもっと話を聞いていたいと思う。