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カガリは、ミアに衝撃を与えないよう細心の注意を払いながら、街道を駆けていた。
(もう少しだ……がんばってくれ……)
言葉は通じないが、気持ちは伝わっていてほしいと、カガリは切に願っていたのだ。
そして、プラヘイムの街が正面に見えて来た時、希望は絶望へと変わった。
「てぇーー!!」
街から大きな号令があがると、城壁から射出されたバリスタと大量の矢。しかし、その全てが地面を抉っただけ。
「てぇーー!!」
そして、間髪入れずに放たれた二射目は軌道修正され、その狙いの中心は間違いなくカガリであった。
カガリは、雨のように降り注ぐそれを最小限の動きで躱す。
(なぜ、街の兵士たちが私を狙うのだ!?)
首には従魔の証たるアイアンプレート。背中には負傷したギルド職員がいる。
何かの間違いかと疑うカガリであったが、考えている暇はなかった。
いくらカガリとは言え、ミアを背負いながらの城壁突破は困難を極める。この状況では街中も安全とは限らない。
(ならば、主との合流を優先するまで)
カガリは街をぐるりと迂回し、ノーザンマウンテンの入口である山の麓まで来ると、その異変に気が付いた。
森の中からこっそり様子を窺うと、そこにいたのは街で見かけた兵士たち。
暇そうに立っている守衛とはわけが違う。常にピリピリと何かを警戒している様子。
(なぜこんなところに……)
辺りは切り立った崖が続く山道だ。ミアを乗せていてはそれを駆け上ることも不可能。ミアを一時的に森に隠し、その間に兵士たちを蹴散らすことは可能だが、その責任を追及されるのは九条だ。
(くそっ! 少々遠いが仕方ない……)
カガリは成すすべなく、王都スタッグへと足を向けた。
見えてきたのは山間に設けられている関所。その警備は厳重そのもので、蟻一匹通さないと言わんばかり。
前回通った時とは違い、昼間だと言うのに門が降り、通行手形を持っている商人でさえ追い返されている現状に、カガリは目を疑った。
急がなければならない気持ちと、自分の行動が読まれているかもしれないという事実に、焦りと苛立ちを隠せなかったのだ。
(ここも迂回せざるを得ぬか……)
それすらも読まれているのではないかと勘繰ってしまうが、カガリに残された道はそれしかない。
カガリは南の山を登り、関所の迂回を始めた。
(ミスト領さえ出てしまえば……)
だが、現実は甘くはなかった。同じ鎧の兵士たちが、列を成して山を登って来る。背の高い草木をその槍で薙ぎ倒しながら。
(山狩り……!?)
徐々に南へと追い込まれていく。
(ミアが私の毛を掴んでさえいれば、こんな包囲網なぞ……。何か……何かあるはずだ……)
諦めるにはまだ早いと、カガリは打開策を思案するも、焦りがその思考を鈍らせる。
このままでは、山頂に追い込まれる。その前に九条が来てくれる奇跡でも起きない限り、カガリたちに助かる道は残されていなかった。
(主ならどう動くだろうか……)
カガリは九条のことを考えていた。九条は出来るだけ戦わないように、穏便に事を済ませて来た。
それだけの力があるのにも拘らず、決して自らが命を奪うようなことはしなかった。
バイスたちをダンジョンから追い払った時も。王子の使いを名乗る者たちを村から追い払った時も。ウルフ狩りからコクセイたちを守った時もだ。
そしてカガリは、その存在を思い出した。それは九条の管理するダンジョンの事である。
(あそこなら安全やもしれぬ……。ミアをそこへ隠し、私が主を呼び戻しに行けば……)
カガリが身軽になれば殺さないよう適度に兵士たちを蹴散らし、注意を向けさせることも可能なはず。
兵士たちをミアから離すことも出来て一石二鳥。そうと決まれば善は急げだ。
(主のダンジョンが山狩りの捜索範囲に入る前に辿り着かなければ……)
それを見つけるのは容易であった。九条の匂いが微かに漏れ出ていたからだ。
カガリは、正規の入口と呼ばれるこちら側から入った事はないが、地下三層に大きな封印の扉と呼ばれるものがあるのは知っていた。
この土地、この場所は名実ともに九条の物。相手は獣や魔物ではない。人間であれば、断りなく入って来る者はいないはず。
カガリはそれを信じ、ダンジョンの奥へと入って行った。そこはまるで掃除でもしているのかと思うほど、不自然に綺麗な空間。
(だが、今はそんなことどうでもいい。ミアの安全を確保し、一刻も早く主に知らせなければ……)
しばらく進むと、それらしい扉がカガリの前に聳え立っていた。金属故の重厚感。それは巨大な門だ。
うっすらと光る扉は封印の力の影響であり、それを開けられるのは、九条とダンジョンを管理している百八番と呼ばれる怪しい管理人だけ。
カガリはその前にミアをそっと下ろした。ミアの意識は戻らず、激しい呼吸はやむことなく続いている。
額には汗が滲み、痛々しく突き刺さる矢の周辺は赤く染まっていた。
だが、それを抜くことは出来ない。傷口から血が溢れ出てしまえば、カガリには止める手段はないのだ。
名残惜しそうにミアに頬を寄せたカガリは覚悟を決め、飛ぶような速度で九条の元へと駆け出した。
――――――――
「行ったか?」
「ああ」
それを待ちわびていたのは、他でもないノルディックだ。カガリの索敵範囲に入らないよう、マウロのマーキングだけを頼りに追って来ていた。
ここに逃げ込むだろうことは想定済みであったのだ。そうなるようニールセン公から借りた兵で、追い込んだのだから。
(九条が管理しているダンジョンだ。身を隠すには絶好の場所だろう……)
ミアは魔物に殺されたという筋書きなのだ。それがダンジョンなら都合がいい。
(九条を呼びに戻ったところで、間に合うまい)
九条が受けた依頼はダンジョン調査。そこの深さは推定地下三十層。早くても攻略までに五日はかかる。
ノルディックは勝利を確信し、口元を緩めた。
「よし、いくぞ。ニーナ、松明を持て」
「はい」
三人は馬を降りると、ダンジョン内部へと足を進めた。
――――――――
「うぅ……ここは……。ぐぅっ!?」
ひんやりとした床が体温を下げ、ミアはようやく目を覚ました。それはカガリが出て行ってすぐのことだ。
左肩の強烈な痛み。それに加えて頭痛に激しい倦怠感がミアを襲う。
(ここは何処? なんでこんなところに……。カガリは? お兄ちゃんは?)
ミアは右手だけでなんとか体を起こすと、後ろの扉に寄りかかる。それだけのことに酷く体力を消耗した。
右手を左肩に回すと何かが自分の体から突き出ているのを感じた。それに触れると激痛が走る。
(――ッ!? ……何かの棒……。矢……かな……)
ミアはその処置方法をギルドで習っていた。回復魔法をかけながら、引き抜けばいいだけである。
しかし、それは二人での作業。一人で処置する場合は、まずそれを抜かなければならない。
ミアは深呼吸して覚悟を決め。それを握った。
「ぐっ! ……あっ……あぁぁぁぁぁ……!!」
それは抜けなかった。激痛に耐えられず、手を離してしまったからだ。
僅か十歳の子供にそんなことが出来るはずがない。想像以上の痛みでミアの目からは涙が零れた。
(なんでこんなものが私に……)
ミアは痛みに耐えながらも、過去の記憶を必死に手繰り寄せた。
(マウロさんが私を……?)
状況を鑑みればそれが一番可能性が高い。だが、その理由がわからなかった。
(私をここに連れてきたのは誰?)
そこでミアは気が付いた。
「カガリ!? カガリは!!」
ミアが矢に射抜かれたのならば、カガリが牙を剥くのは当然だ。相手はプラチナプレートの冒険者。恐らく無事では済まされない。
(ここから出なきゃ……)
ミアは足に力を入れ、光る扉に寄りかかりながらもなんとか立ち上がった。
いざ歩き出そうと呼吸を整えると、ダンジョン内に響き渡る足音にミアはハッとした。
奥の通路から少しずつ明かりが漏れ始めると、見えて来たのは白い鎧の大男。
ノルディックがミアの姿を確認すると、嬉しそうに悪魔のような笑みを浮かべたのだ。