「っは…はぁ、…。」
無駄に広い敷居を無我夢中で走る。庭園から聞こえた誰かの怒鳴り声。長いこと外に出ず体力の無くなった体に鞭を打ち、ひたすらに前に進む。
庭園の中に何人かの姿が見えた。何故か倒れ込んでいる人影に、誰かが乗り上げている。状況を理解するよりも早く、上に乗った人物が下の人影を殴った。そして、久しぶりに聞いた声。
「代わりにお前の心臓、止めてやるよ。」
元貴だ、と判断したのも束の間、その手に握り締められている物に気が付いた。光を反射してキラリと光る銀色の刃先。振り上げられたナイフが向けられていたのは西山さんで、反射的に声を出してしまう。
「元貴!!!!」
驚いた顔でこちらを振り向いた元貴の動きは止まってくれた。下で組み敷かれている西山さんの頬は腫れていて、事の惨状がよく分かる。
「………お化け?」
「お化け…?生きてるよ!!」
隣から若井の声がした。数年ぶりの姿に、思わず駆け寄って頬に触れてしまう。何故か頬は濡れていて、目も赤いことに気が付いた。何があったのか聞こうとした時、百合乃ちゃんの声と共に暖かい何かが身体に抱きつく。
「まま!!!!」
抱きついてきた正体は百合乃ちゃんで、こちらも目が赤く腫れており、泣いた痕跡がある。完全に怯えきっている頭を優しく撫でていると、若井の困惑した声が耳に入る。
「え、今ままって言った?」
僕は既に慣れきっていて疑問を持たなかったが、何も知らない若井が動揺するのも無理はないだろう。説明しようにも事の経緯が長すぎて上手く纏められない。
「…複雑なんだよね。」
「…てか、涼ちゃん生きてるじゃん。」
どういうことだろうか。僕は最初から生きてるし、死んでなんかいない。上手く理解のできないセリフに首を傾げると、突然身体に何かが抱きついてきた。
「涼ちゃーん!!会いたかったぁ……。」
涙で顔をびしゃびしゃにして、僕に抱きつく元貴。何だか実感が湧かないが、若井達とは3年ぶりなんだ。左には百合乃ちゃん。右には元貴。不思議な光景に笑みが零れる。
「…ふふっ、僕も会いたかったよ。」
「涼ちゃん、俺は?」
「若井も!会いたかった!」
もう抱きつくスペースがなく、棒立ちのまま拗ねた表情を浮かべる若井に手招きをして、優しく頭を撫でる。そんな幸せを満喫していた時、後ろから2人分の足音が聞こえてきた。
「皆様方、お部屋のご用意が出来ております。」
「…誰この人たち?」
やってきたのは氷室さんと天海さんで、何も知らない元貴が少し警戒したような声を発した。
「んー…僕のお世話してくれた人?」
「…西山様、御手を。」
「嗚呼、すまない。…私の屋敷に来てくれないか。全てを話そう。」
天海さんの手を借り、立ち上がった西山さんがそう言葉を紡ぐ。百合乃ちゃんを氷室さんに引き渡して、未だに怪しんだ表情の2人の手を引く。
「大丈夫だと思う…。みんな本当に良い人だから。」
「…涼ちゃんを攫った人達が良い人とは思えないんだけど。」
あまりの正論に言葉が詰まってしまう。西山さんたちを信用できないのは十分わかる。でも、今は2人に来て欲しい。きっと僕は元貴達と一緒に帰れないから、あと少しだけでも一緒に居たいんだ。
「…お願いだから、来て。」
黙り込んでしまった2人の暗い表情。これ以上見ていると涙が零れ落ちてしまいそうで、明るく繕って前を向く。
「美味しい紅茶出してくれるんだよ!ほら、行こ!」
「…うん。」
コメント
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やっと再会できても、なんか素直に喜べない、藤澤の心境って複雑だな。
あの場面来たけど涼ちゃん帰れないんだったあ!😭😭😭というか抱きつくスペースなくて拗ねてる若井さんかわいい💕