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次の日は、昨日までよりもずっと静かだった。
点滴の規則正しい音と、遠くから聞こえる看護師さんの足音。
カーテンの隙間から差し込む光をぼんやり眺めていると、昨日とは違う、控えめなノック音がした。
「……入るぞ」
返事をするより先に、扉が静かに開く。
入ってきたのは、落ち着いた雰囲気の男の人だった。
背筋がすっと伸びていて、表情はどこか固い。
この人が——なつさん。
「起きてた?」
声は柔らかい。
でも、言葉一つ一つが、慎重に選ばれている感じがした。
「ん、ああ、俺はなつ。
らんと、いるまと、あとこさめから聞いとる」
そう言って、俺の少し離れた位置に立つ。
すぐには近づいてこない。
「……記憶、無いんだよな」
「…………はい」
答えると、なつさんは小さく頷いた。
「まぁ、生きてて良かったよ」
それだけ言って、静かに椅子に座る。
沈黙が落ちる。
不思議と、気まずさはなかった。
ただ、空気が重い。
重いけど、嫌じゃない。
「すち」
名前を呼ばれた瞬間、胸が小さく跳ねた。
「……お前は、自分のこと、あんまり大事にしない人やった」
淡々とした口調。
責めるでもなく、諭すでもなく。
「周りのことばっかり見てて。
自分がどれだけ無理してたか、気づかないまま」
その言葉が、胸の奥に静かに刺さる。
「でも……」
少しだけ、声が低くなる。
「どんなに傷付いたって、無理したって。
それでも前に立つのが、すちだった」
頭の中で、何かが軋んだ。
「……」
言葉が出てこない。
なつさんは、俺の反応をじっと見ていた。
追い詰めるようでもなく、逃がすようでもなく。
「無理に思い出そうとしなくていい」
静かな声。
「大丈夫」
一拍、間を置いて、なつさんは言った。
「すちは、すちやけぇ。」
その瞬間、胸の奥が、じん、と熱を持った。
「……なつさん」
初めて、自分から名前を呼んでいた。
なつさんは、少しだけ目を見開いてから、ほんの僅かに笑った。
「それでいい」
なつさんは立ち上がり、扉へ向かう。
「また来るな、待ってろよ」
扉が閉まる音は、驚くほど静かだった。
でもその後、しばらくの間、
胸の奥に残った感覚は消えなかった。
柔らかくて、だけれど鋭くて。
確かに刺さっていた。
失った記憶はまだ戻らない。
それでも。
俺の中で、また一つ。
パズルの形が、はっきりしてきた気がした。