コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
夕食も終わり、そろそろ就寝という時刻になる頃、ここアシェルの私室には、彼を護衛する側近2名と、宮廷魔術師がいた。
「ふぅーん。兄上も一番手を出したらいけないものに、触れちゃったようだね」
グレイアスから昼間の一件の報告を聞き終えたあと、アシェルはソファの肘掛けに頬杖をつきながらそう言った。
しかし、のんきな口調とは裏腹に彼の醸し出すオーラは、人一人簡単に殺せるものだ。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたけれど、そこまで愚かだとは……半分同じ血が流れていると思うと反吐が出る」
吐き捨てるアシェルに、側近の二人はごくりと息を飲む。
ハニスフレグ国の第二王子は、大変温厚で思慮深く、滅多なことでは怒ることはないが、一度怒りに火が付けば、相手を徹底的に潰すまで鎮まることはない。
ローガンが熱く激しい怒りなら、アシェルノは底冷えするような冷たさと、胃の腑が潰れるような重たさがある。
それを間近で感じている側近は、まるで己の身に鉄槌が振り降ろされるような恐怖を感じていた。
しかしもっと近くでそれを感じているはずのグレイアスは、怯えることも怖がることもせず、にこにこ笑顔でいる。それが逆に恐ろしい。
「しかし、そんな馬鹿な殿下にムキになるノア様も、なかなかのお馬鹿でございますね」
「……ほざけ。ノアのそういうところが可愛い。あんな愚兄と一緒にするな」
「ははっ。さようですか。それにしても随分と殿下はノア様を気に入っているようで」
更に笑みを深くしてそう言ったグレイアスに、アシェルは怒りを鎮めて少しだけ拗ねた顔をする。
「……私がどれだけそう思っていたとて、ノアは違うようだ。彼女は私と共にいることは仕事としか思っていない。それ以上の感情など、どこにもない」
悔しそうにそう言ったアシェルは、今度は腰掛けていたソファの背もたれに身体を預け、深いため息を吐いた。
アシェルは雪花の紋章を持つノアを利用しようとしている。それは今も揺るぎない事実だ。
けれどそれだけなら、己の膝に乗せることも、彼女の手で菓子を食べさせて貰うことも、手を引いて歩いてもらうことも必要ない。
でも、アシェルはそうされることが嬉しくて仕方がない。
気付けばいつも、どうすればもっとノアに近付けるのか考えてしまっている。
そして、その気持ちを隠すことはしていない。むしろ、一日でも早く気付いて欲しいと、アピールしまくっている。
しかしノアは、アシェルの身体の心配はするが、特別な想いにはまったく気付かないし、考えようとすらしてくれない。
あまりにノアが無頓着すぎて、最近のアシェルはキノコに嫉妬を覚えてしまうくらいだ。
「……キノコに勝る私の魅力とは、なんだろう」
うっかりアシェルが本音を零してしまえば、グレイアスは意味深に笑う。
敢えて何も言わないのは、理由があるのに、アシェルの後ろに控えていた側近その1のイーサンは命知らずなことを口にした。
「そりゃあ、殿下のキノコをノア様にお見せすれば、あっという間に魅了され───」
「グレイアス、アレを始末しろ」
「はっ」
イーサンの下品極まりない言葉を遮ったアシェルは、無情な命令をグレイアスに下す。
盲目王子に忠実な宮廷魔術師は、すぐさま側近その1の息の根を止めようとローブの中から杖を取り出そうとしたが、その手をがしっと掴まれてしまった。
「すんません!!もう二度と口にしませんからっ!」
グレイアスの腕を掴みつつ、アシェルに命乞いをするイーサンは控え目に言って無様であるが自業自得である。
しかし、涙目で謝罪をする側近に、盲目王子はどこまでも冷たい。
「ならお前のキノコだけでも抹殺するか?」
「いや、それだけは勘弁してください!!」
本気の涙を浮かべるイーサンに、アシェルは鼻で笑う。
それを傍観していたもう一人の側近ワイアットは「ってか、殿下だってイーサンと似たような下ネタ言ってますけど?」と突っ込みを入れるが、アシェルは都合よく聞こえていないふりをする。
そんな騒がしい状況の中、グレイアスはイーサンに掴まれていた手を振りほどくと、ちょっとわざとらしくポンっと手を打って口を開いた。
「ああ、そうそう殿下、もう一つ大事なことをお伝えし忘れておりました」
急に話題を変えたグレイアスに、アシェルはイーサンのことは捨て置いて顎で続きを促す。
「実はですね、ノア様ですが本日お城を去ると決めたそうです」
「なんだって!?」
椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がったアシェルに、グレイアスは淡々とした口調で続きを語る。
「昼間にここを出るのは、殿下に迷惑が掛かるかもしれないと言って、夜中に出ると言ってました。それで──あっ、殿下、お待ちください!」
──バタン!
グレイアスの報告を聞き終える前に、アシェルは私室を飛び出した。
すぐにイーサンも後を追う。しかし、側近その2であるワイアットは、この場に留まり宮廷魔術師のローブの袖をちょいちょいと引っ張った。
「あのグレイアスさん。もしかして、仕組んだ?」
尋ねる形をとったけれど、実際のところワイアットは確信を持っている。
そして問われた方の男は、喉の奥で笑いながらこう言った。
「……さぁ?」