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#ファンタジー
芙月みひろ
94
設楽理沙
1,542
七夕祭が終わって5日が経った。蒼眞とは屋上近くの階段でお昼ご飯を食べるようになった。期末テストも終え、夏休みが近づいている。
「海とかどう?」
「え、行きたい!」
私と茉唯は今、夏休みの予定を立てている。
「そういえば、例の彼とは予定立てたの?」
この間のワルツで一緒に踊った彼と、茉唯は電撃結婚ならぬ、電撃お付き合いを始めた。
「そっちこそ、羽瀬川とはどこか行かないの?」
「行かないよ、誘うの怖いし」
「あー見えて、羽瀬川モテるんだよ?顔良いし、ちょっと怖いけど根はいい奴だもんね」
そういえば、この間告白されてたな。七夕祭の後、一緒に帰る約束をして蒼眞を迎えに教室へ行った時、女の子が友達を連れて頑張って気持ちを伝えていた。
「確かにね、けど無理だよ。男子と2人で出かけたりとか…」
「綾愛、教科書貸してくんない?」
教室のドアから大きな声でそう叫んできたのは、蒼眞だった。
「噂をすれば、だね」
私は日本史の教科書を渡して、蒼眞にぎこちない笑みを向けた。
「…なに?なんかあった?」
「ううん、何もないよ」
私のクラスに来るのは、今日が初めてだ。夏目くんがいるのに、来てくれて嬉しい。会えて嬉しい。こんなのもう、完全に私は、蒼眞のことが好きだ。
「綾愛、私は応援してるよ」
「…え、何が?!私別にそういう…」
「そういえばさ、家にいる男の子?どうなったの?」
あの日から、私は彼を避けている。家の中で会っても、話すことをやめたし会わないようタイミングを考えている。
「よくわかんないんだよね、それが…」
けど、結構あからさまに彼を避けてしまっているから時々悲しそうな顔をしている。何を、考えているんだろう。
あっという間に1日が終わって、私は下駄箱に向かう。1枚のポスターが貼られていて、異様に惹かれてしまった。
“指切り姫展”
行きたい、私はそう思ってスマホで写真を撮った。
「行きたいの?」
誰かに優しく右肩に手を置かれる。
「蒼眞、いつも急に現れるよね…」
「悪い、俺の前世は忍者だったかもね」
そんなくだらない話をしながら、私たちは15分間歩き続けた。分かれる道へ行くまで。
「じゃあ、また明日ね」
「ねえ、さっきのポスターのとこ俺と行かない?」
「え?」
蒼眞は、私に1枚の紙を渡してきた。
「これ、行きたいんでしょ?」
「そうだけど、どうして…」
「俺の手助けしてくれるお礼、じゃあ決まりね」
そう言って、蒼眞は駅のある右へ曲って行った。小さくなる蒼眞を、ずーっと見つめてしまう。もっと、一緒に歩きたかったな。
「綾愛さん、ここで何をしてるんですか?」
私のこの気持ちを、消すように現れる彼は不思議そうな顔をしている。
「ううん、何もないよ。どうしたの?こんな所で」
「困らせて、ごめんなさい」
何かに苦しむような表情を見せ、私にそう言って深く頭を下げている。
「えちょっと、何してるの…!大丈夫だから、顔上げて」
「少しだけ、話を聞いてくれませんか?」
残り10分ほどかかる、家までの道を今度は歩く。私の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いてくれている。
「僕は、思い出せない誰かを思い続けているんです。名前も知らない彼女を」
橙色の空を見上げながらそういう彼の目には涙が滲んでいた。
「…その人に綾愛さんが似ている気がして、綾愛さんとその人を重ねてしまったんです」
青く、綺麗な瞳を真っ直ぐ私に向けてくる。いつも、私はその瞳に目を奪われてしまう。
「振り回してごめんなさい」
再び彼は私に頭を下げる。胸元で光るネックレスが目につく。近づくと、またあの甘くて優しい香りがした。なんなんだろう、この匂い。
「大丈夫だよ、謝らないで。ここ最近、私も避けてごめんね。どうしたらいいか分からなかった」
もう少し、私はゆっくり歩いた。彼の顔は、やっぱり苦しそう。
「ねぇ、その子がどんな子か少しくらい思い出せないの?」
「…花のように、凛としている、真っ直ぐで綺麗な子」
「まるで、君がくれた本に出てくる私の大好きなお姫様みたいだね」
「読んでみたいな、その本」
そんな会話をしているうちに、家についた。魚のいい香りがして、お腹が空いてくる。
「はいこれ、ぜひ読んでね」
小さな本、指切り姫を彼に渡した。嬉しそうに、抱えていて可愛い。綺麗な顔をしていて、大人っぽいのにどこか幼さがある。何歳くらいなんだろう。私よりは、上なのは確実だ。
「綾愛、七夕祭の日からずっと楽しそうだね」
「え、そうかな?」
スマホを取り出すと、1件の通知が来ていた。
『さっきの約束の事だけど、早速今週の土曜日はどう?』
蒼眞からだ。嬉しくて、頬が緩む。承諾して、私は急いで2階に上がる。どんな服にしよう、どんなメイクをしよう、どんな髪型が可愛いかな、そんなことを思いながらクローゼットと睨めっこをした。ふと我に返って、恥ずかしくなるし馬鹿みたいとも思うけど、こんな風に誰かを思って楽しくなる気持ちも嬉しくなる気持ちも始めてだったから、浮かれてしまう。
「…土曜日まであと1日だ」
早く、明日が来ないかな。明日は何を話そうかな。アルバムに入っているポスターの写真を消して、貰ったポスターを眺める。
“指切り姫展~選んだ道は死でなく愛だった~”
よく見るとそう書いていた。どんなものが飾られているのかな、お姫様のイメージ画とかあるのかな。そんな想像をしながら、私はご飯を食べて、お風呂に入って眠りにつく。
金曜日、作ったお弁当2つを持っていつもと同じ場所を歩いていると、夏目くんがいた。
「おはよう、誰か待ってるの…?」
「羽野さんのこと待ってた。話したいことがあるんだ」
15分の道のりを、今度は夏目くんと一緒に歩く。空は妙に明るくて、今日は何かいい事でも起きるのかなって期待している。
「羽瀬川の事なんだけど、この前はすまなかった」
昨日の彼のように、夏目くんも私に深く頭を下げてくる。誰もいないからよかったけど、これじゃ私が夏目くんに何かせがまれているみたい。
「殺したって、どういうことなの?」
「…俺が、あいつの夢を冗談混じりに否定したあの日から羽瀬川…蒼眞は変わっちゃったんだ。
羽野さんが蒼眞と関わってて、悔しかった。俺はもう何も出来ないから」
少し、大きかった歩幅が小さくなっている。
「俺があんなこと言って蒼眞を不快にさせた次の日から、あいつはクラスの輪に入らなくなってた。今年に入ってからも、進入禁止の屋上や保健室ばかり行っていたのも知ってる。笑った顔とかもうずっと見てない」
「…そっか。夏目くんも苦しかったんだね」
「俺が、殺したんだ。俺のせいなんだ。あいつの夢も、居場所も、蒼眞自身も」
夏目くんは、真っ直ぐな瞳で私を見つめる。その奥からは、後悔が感じられた。そして、蒼眞に似ているなとも思った。
「じゃあ、生き返ってもらおうよ」
「え?」
「仲直り、まだ遅くないんじゃないかな?蒼眞はまだ、その夢を持ってるよ」
今にも溢れそうな涙は、朝の眩しい太陽で光っていた。仲直りできる、私はそう信じてる。きっと、蒼眞は夏目くんの短冊を破ったことを後悔しているから。
「…綾愛?」
私はあの時の蒼眞のように悪そうな笑みを浮かべてしまう。夏目くんが私の後ろにいる蒼眞の方を見た途端、夏目くんの背中に回って、思い切り押してみた。
「羽野さん、ちょっと!えーっと、蒼眞…」
「…久しぶり、翔弥」
ぎこちない雰囲気が流れている。しばらく沈黙が流れていて、気まずい。余計なことしちゃったかな。
「あのさ」
「ごめん、翔弥」
「なんで蒼眞が謝るの」
「俺、ずっと向き合わなかった。自分とも、翔弥とも。俺、馬鹿みたいだけど夢の中に出てくる女の子の正体が知りたいんだ」
夏目くんは、苦しそうに笑っている。頑張れ、2人とも。そう思いながら、私はその場から離れて遠くで見守ることにした。
「あの時、短冊破ってごめん。いくらなんでも、やりすぎた。普段のノリだったのに…」
「いや、俺こそごめん。というか俺が悪い。善悪の区別がついてなかった。言っていいことと、悪いことがあるもんな」
蒼眞は夏目くんの肩を思い切り叩いて、笑っている。
「いいんだよ、もう時効だろ。思い返せば楽しかったんだ、翔弥といるのが。あの頃に戻れたらな」
2人は同時に俯いて、同時に顔をあげる。まるで双子みたい。
「ずっと、蒼眞のこと考えてた。謝りたいなって」
「ずっと考えてんのは、なんかやだわ」
確かに、そう言って夏目くんは笑いはじめた。まるで、1年間の溝が埋まったように。私は安堵する。よかった、これで蒼眞も心が軽くなる。
「隣のクラスだけど、また仲良くしようよ」
「俺も、蒼眞とまた仲良くしたい…な」
肩を組んで、泣いている夏目くんを慰める蒼眞は私を見て優しく微笑んでくる。不意打ち、やめて欲しい。
「…もう、とっくに生き返ってたじゃん」
「え?何?」
「いや、なんでもないよ。ありがとう、蒼眞」
まるで呪縛が解けたようだ。クラスでは見たことない笑顔をした夏目くんは、凄く楽しそう。それから2人は、昔話を始めた。少し、盗み聞きしちゃったけど、2人はかなり仲良いみたい。邪魔すると悪いし、私は少し早歩きで、学校へ向かった。そうじゃないと、2人に追いつかれちゃうから。
『ありがとう、俺たちを戻してくれて』
そんな蒼眞からの通知を見て、私は頬が緩む。
「気持ち悪い顔して、何見てんの?」
私の目の前に来たのは、私を馬鹿にした彼女だった。
「…何か、用かな?」
頑張って笑顔を作って対応してみたけど、返答はなくて私をずっと睨んでいるだけ。
「あんたなんか死ねばいいのに」
私は、その言葉にすごく腹が立った。お姫様は、死にたくなかったけど、自分を身代わりにした。そんな人が世の中にいたのに、今の時代、人の命に対して好き勝手言い放題なのがムカつく。
「いいよ、じゃあお望み通りね」
冗談のつもりだった。少しビビらせてやろうと、私は持っていたコンパクトサイズのハサミを開けて首に持っていった瞬間、怒鳴り声が聞こえる。
「ふざけんな!!何してんの!」
驚いて、体が跳ね上がる。その衝撃で、私の頬に痛みが走った。
「…あ」
机にぽたぽたと垂れる赤い液体は、私の頬からだと分かった。冗談でもしていい事と悪いことはあるんだなと身に染みて感じていると、彼女は焦ったようにハンカチを渡してくれた。
「ごめん、驚かそうと思ったら切れちゃった」
私はそう言って、笑った。彼女は私を怖がっている。確かに、やりすぎたかも。
「お前、馬鹿だろ」
そう言って、教室にある救急セットを持ってきたのは蒼眞だった。
「やっぱ、急に現れるね。蒼眞、ヒーローみたい」
「死ねとか、軽々しく言うなよ。で、綾愛もそういう馬鹿なことすんな」
怖い顔をした蒼眞は、彼女と私を同時に叱る。
「…ごめん、羽野さん」
「気にしないで、これ私の自業自得すぎるからさ」
キリキリと痛む頬には、絆創膏が貼られた。
「…蒼眞の羽瀬川の”は”って羽なんだ」
「そうだけど…なんで急に?」
「体育着に、書いてあるから。漢字、初めて見た」
「羽野も羽なんだ、俺も初めて見たよ」
机に置いてある教科書を見て、蒼眞はそう言う。なんだか嬉しくなった。蒼眞と、同じ漢字を持っていることが。
「…目の前でイチャイチャしないでくれる?」
「イチャイチャしてない。あんたは綾愛に嫉妬してんのか知らないけどもうこれ以上ネチネチすんのやめたら?」
「…もうしないよ、こんな怪我されちゃうとは思わなかった。ハサミは凶器だよ、羽野さん」
「そんなことでメソメソするなら最初から絡みに行くな。言葉も凶器だから、胸に刻んどけ」
大きなため息をついて、蒼眞は彼女にそう言った。
「桜依ちゃん、だよね?」
「は?なに急に」
「…友達になりたいなって。仲良くすれば、私にしたことは無効にするよ?頬は自業自得だけど」
空っぽの笑顔で本心ではないことを桜依ちゃんに言う。本当は仲良くなんてしたくないけど、もし仲良くできたら、茉唯も安心してくれるかな。
「…あんたとは仲良くしたくないから。茉唯ちゃんのこと独占してるくせに」
想定内だった。けど、少し拗ねたように去ってく桜依ちゃんは、少し申し訳なさそうにしている。
「じゃ、俺行くわ。もうこういう馬鹿な真似するなよ」
「ありがとう、蒼眞。私のヒーローくんだね」
「うるさい、黙れ」
「…ねぇ、羽がお揃いだね」
私は思いっきり笑って見せた。蒼眞といると、胸がワクワクするし、思わず笑みがこぼれちゃう。少し、頬の傷が痛かったけど。
「そういう笑顔のが、綾愛には似合うし可愛いよ」
聞こえるギリギリのラインの声量で私にそう言う蒼眞は照れくさそうに去っていった。
可愛い、そんな言葉に浮かれた私の頬に貼ってある少し折れた絆創膏は温かかった。
コメント
1件
うわー、今回も胸がぎゅっとなりました…!蒼眞と夏目くんのわだかまりが解けたシーン、泣けましたね。「生き返ってもらおうよ」って綾愛が言った一言が、本当にあの2人を救ったんだなって。あと、桜依ちゃんとの衝突シーンでの蒼眞の「言葉も凶器」って台詞、すごく刺さりました。羽がお揃いって気づいて嬉しそうな綾愛、可愛すぎる…。土曜日のデート、どうなるんだろう、すごく気になります!