コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ライエルは
胸の奥で震える不安を噛み殺すように
目を閉じて一度だけ深く息を吸った。
吐く息はまるで霧のように白く
精神世界の闇の名残が
喉奥にまだわだかまっているようだった。
だが──それでも、彼は顔を上げた。
「⋯⋯我々は、もう
〝過去〟に縛られる必要はありません。
奪い合い、命令し
従わせることで築いた組織には⋯⋯
もう、未来はないのです」
その声は先ほどまでの頼りなさとは異なり
芯を持って響いた。
どこか穏やかでありながら
語尾に宿る重みは確かなものだった。
「私は、皆さんがかつて成した〝力〟を
決して否定はしません。
でも、力を誇るだけでは
世界は変えられない」
ハンター派の数人が、揃って顔を上げた。
その目に宿るのは──
ほんの僅かな疑念のひび割れ。
確かに今、彼らの〝記憶の主〟は
いつものアラインとは違っていた。
だが、その言葉は確かに
心に染み込んでいく何かを持っていた。
「⋯⋯それでも、あなた方が
〝守りたい〟と思ったもの。
〝救いたい〟と思った命。
〝誇りたい〟と思った生き様──
そのすべてが、今もここに
あなたの中にあると、私は信じています」
演説は
決して声を張り上げたりはしなかった。
けれどその言葉の一つひとつが
堂々としていた。
そして
言葉の奥にある確かな〝想い〟が
会場の空気を変えていく。
「新たな組織に名前はまだありません。
でも──それを名乗る時
私たちは〝誓い〟を持って
それを背負うことになるでしょう」
慈善活動派がまたしても
賛同の声を上げる。
だが、それに被せるようにして──
一人のハンター派の男が
ゆっくりと拳を握った。
言葉も出さず
ただ顎を引き、わずかに頷く。
(⋯⋯認める、とは言わない。
だが、否定もしない──)
そんな空気が、じわりと広がっていく。
ライエルは、その反応を読み取りながらも
まっすぐに視線を全体に向けた。
「私は、皆さんと共に歩みたい。
過去ではなく、未来のために。
〝誰かを信じること〟が
〝力を振るうよりも勇気の要る選択〟だと──
私は、知っているからこそ
ここに立っています」
その言葉に、ざわめきが止んだ。
ライエルの姿に
〝アライン〟の幻影を重ねることを
誰もが一瞬だけ忘れていた。
そこに立っていたのは
威圧でも誇示でもなく
ただ静かに背中を預けられる──
〝指導者〟の姿だった。
沈黙のあと
どこからか自然と、手が胸に当てられた。
次いで、二人、三人と、同じように。
やがて、一人の男が静かに口を開いた。
「⋯⋯我々の名は、未だ無きもの──
ならばこそ、己の手で築く価値がある」
その一言を皮切りに
場の空気がぐらりと傾いた。
視線が集まる。
〝異変〟としての違和感ではなく
〝信頼〟の確認として。
かつて魔女の一族を率いた者の威厳。
その静かなる在り様が
今また──眠りから目覚めようとしていた。
沈黙を破ったのは
ほんの微かな変化だった。
ライエルの口元が──わずかに歪む。
それまで柔らかな線を描いていた唇が
冷たく吊り上がるように変化し
目元もまた鋭さを取り戻す。
先ほどまで澄み切ったアースブルーの瞳は
静かにその色を変えた。
水晶のような透明さではない。
それは
狩人が獲物を捉えるときの、酷薄な光。
氷の刃のように、鋭く、どこまでも冷たい。
──アライン。
「──それでも
意思を持たぬ者には、必要ない。
この先、従う意思のない者は──
この場に残らなくていい」
その言葉は、静かに
けれど逃げ場のない重みで場に落ちた。
声は決して荒らげていない。
むしろ
穏やかと言えるほどの抑揚で
紡がれた言葉だった。
だが、それ故に。
冷気を帯びた一言が
骨の芯まで突き刺さる。
空気が凍る。
慈善活動派の男たちは
直立したまま呼吸を忘れ
ハンター派の者たちは
瞬時に身体を硬直させた。
誰も──誰一人として
声を上げられなかった。
抗うという選択肢すら、今や消え失せていく。
それは命令ではなく〝支配〟だった。
逃げ場も、選択も与えない。
従属だけを許す、冷酷な支配者の声。
アラインは
椅子の背もたれに身を預けると
指先でマイクの縁を
ゆっくり撫でながら言った。
「今ここにある未来は
〝慈悲〟の顔をしている。
だが、慈悲だけでは、世界は変わらない。
〝秩序〟を、理解しろ。
それができる者だけが──
ボクと一緒に歩けばいい」
その笑みは
まるで最初から〝こうなる〟と
決まっていたかのようだった。
そして、何よりも恐ろしいのは──
それを誰一人として
否定できないという現実だった。
沈黙は、支配の証明だった。
この瞬間から
全ての名は彼の掌の中に置かれる。
「では──始めようか。
キミたちが、ボクの世界の
〝構成要素〟となる日を」
その声に
誰一人として、逆らう者はいなかった。