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父・和田が逮捕されてから三日が経過した。
和田の店は『地域もりあげ隊』の嫌がらせを待つまでもなく、殺人犯の家として村八分にされ、シャッターは閉ざされたままだった。リビングには重苦しい沈黙が居座り、麗華と麗奈は互いに視線を合わせることすら避けていた。
(このままじゃ、お父さんが本当に人殺しにされてしまう。でも、警察に本当のことを言えば、私と彼が、あるいは麗奈が捕まる……)
八方塞がりの限界に達していた麗華は、ある夜、狂ったようにスマートフォンで「冤罪 弁護士」「殺人事件 調査」と検索し続け、一つの奇妙な個人事務所のホームページに辿り着いた。
――『一ノ瀬特殊事象調査事務所』。
そこには「警察が諦めた真実を、いかなる対価を払ってでも引きずり出す」という、不気味な文言が躍っていた。麗華は震える指で、藁にもすがる思いでメールを送った。
それが、和田家の地獄の蓋を完全に開けることになるとも知らずに。
翌日、和田家のリビングのドアを叩いたのは、村のどんよりとした空気にはおよそ似つかわしくない、仕立ての良い黒いスーツを纏った若い男だった。
整った顔立ちには一切の感情が浮かんでおらず、ガラス細工のような冷たい瞳が、麗華と麗奈をじっと見つめている。彼こそが、名探偵・一ノ瀬蓮だった。
「初めまして、和田麗華さん。ご依頼に基づき、お父上の冤罪を証明しに来ました」
一ノ瀬は傲慢とも取れる態度で自らソファーに腰を下ろすと、部屋の中をねめ回すように見渡した。その視線が、まるで部屋の空気に染み付いた嘘をスキャンしているかのように鋭く、麗華は思わず息を呑んだ。
「さあ、時間がありません。お父上が清水氏を殺害していないという『真実』を私に提示してください。……おや、どうしました? 顔色が悪い。父親が不当に逮捕された被害者の顔というよりは……まるで、自分たちの『秘密』が警察にバレるのを恐れている犯罪者のような顔だ」
「な、何を言うんですか! 私たちは、お父さんを助けたくて……!」
麗華が声を荒らげるが、一ノ瀬はフッと冷たい笑みを漏らし、手袋をはめた手で、机の上に一枚の写真を滑らせた。それは、清水が殺害された夜の、神社の木炭小屋の床の写真だった。
「警察は村の入り口に落ちていた工具だけでお父上を犯人と決めつけていますが、実に見込み捜査が酷すぎる。私が今朝、あの木炭小屋を調べてみたら、面白いものがいくつも見つかりましたよ。……例えば、床に不自然に残された、綺麗に拭き取られた『指紋の跡』。そして、埃の中に残されていた、君のものより少し大きな、スニーカーの足跡」
一ノ瀬の言葉に、麗華の心臓がドサリと激しく跳ね上がった。
(足跡……? 彼の足跡を、この探偵は見つけたの……!?)
「さらに、清水氏の遺体の第一発見現場である村の入り口。警察はそこでお父上が清水氏を撲殺したと考えているようですが、解剖結果の書類をハッキングして覗いてみたら(一ノ瀬は事もなげに違法行為を口にした)、清水氏の首には『麻紐のようなもので絞められた索条痕』があり、後頭部には『薪のようなもので殴られた一次打撲痕』があった。……ですが、彼の本当の死因はそれらではない。別の、もっと凄惨な頭部破壊だ」
一ノ瀬はスッと視線を動かし、今度はガタガタと震えて縮こまっている次女・麗奈を凝視した。
「つまり、清水氏はあの夜、最低でも『三回』、それぞれ別の人間に襲われている。木炭小屋で首を絞められ、頭を殴られ、その後、移動した先でトドメを刺された。……ねえ、麗奈さん。君はさっきから、どうして私の顔を見ようとせず、スマートフォンをそんなに強く握りしめているのかな? まるで、そこに『自分が誰かをそそのかした証拠のDM』でも入っているかのように」
「ひっ……!」
麗奈が短い悲鳴を上げて飛び退く。
「一ノ瀬さん! 妹を脅さないでください! 私たちは何も知りません!」
麗華は必死に麗奈を庇うように叫んだ。恋人を守るため、そして妹を守るために、これ以上この男を事件の核心に近づけてはならないと本能が警告していた。
しかし、一ノ瀬蓮は感情の消えた瞳で、二人を見下ろしながら残酷に言い放った。
「素晴らしい家族愛だ。だが、私を舐めないでほしい。君たちがそれぞれ別の『真犯人』を頭の中に思い浮かべ、そいつらを庇うために私に嘘をついていることくらい、この部屋に入った瞬間の空気の重さで全て理解できる。……いいでしょう。君たちがそこまでして泥船を守りたいのなら、私一人で『真実』を引きずり出すまでだ」
一ノ瀬は立ち上がり、ドアへと向かった。その背中に、麗華は恐怖に震えながら声をかけた。
「待って……あなた、本当にお父さんを助けてくれるの……?」
一ノ瀬は振り返らず、冷酷な声だけを残した。
「私はお父上を助けるとは言っていない。ただ『真実』を暴くだけだ。それが結果として、君たちの愛する誰かを、あるいは君たち自身を、破滅の淵へ叩き落とすことになったとしてもね」
パタン、と静かにドアが閉まる。
和田家のリビングに残された姉妹は、一ノ瀬が残していった強烈な疑惑の毒に侵され、もはやお互いの顔を見ることもできなくなっていた。名探偵という名の怪物が、自分たちの隠し事をすべて暴き、この村の闇を白日の下に晒そうと動き出したのだ。