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3月。
卒業式を終えた校舎は、どこか気が抜けたように静まり返っていた。
花束や寄せ書き、そして別れの言葉が飛び交う中、職員室の一角にぽつりと、別れの通知が並べられた。
「…やっぱり異動、決まったね」
藤澤が目を伏せて言う。
「俺もです。……これで、終わりですね」
そう呟いた若井の横顔を、藤澤はまっすぐ見つめた。
まるで、今この瞬間の感情すら記憶に刻もうとするかのように。
ふたりは、言葉以上のことを語れないまま、立ち上がった。
そして向かうのは、あまりにも慣れ親しんだ、音楽準備室。
その扉の前で、藤澤がふと立ち止まった。
「最後だから、今日は鍵、あけとく?…生徒もいないし。」
「……だめです。俺、きっと、声我慢できない」
わずかに笑って、若井が扉を閉め、カチリと鍵をかけた。
**
カーテン越しに射し込む夕陽が、部屋を赤く染める。
無言のまま向かい合い、藤澤が若井のネクタイをゆっくり外す。
「……寂しいね」
「寂しいです。でも、愛しあってるわけじゃないですから。俺たち」
「うん。そうだね。……だから、こんなにも欲しくなる」
シャツのボタンが外れ、白い肌が覗く。
藤澤がその胸元に唇を這わせながら、息を吐いた。
「身体が覚えてるんだよね、滉斗の匂い」
「…俺も。」
いつも通りのやり取り。でも、これが最後だと思うと、どこか胸が締めつけられた。
ズボンのベルトが外され、ゆっくりと脱がされていく。
「……触れてください」
若井のその一言に、藤澤の手が迷いなく伸びる。
肌と肌が触れ合い、音を立てる。
「あ、っ……ん、く……っ」
「声、我慢しなくていいよ。鍵、かけたんでしょ?」
藤澤の手の動きが加速する。若井の身体が、快感にわななく。
「っ、涼ちゃん……ダメ……っ」
「最後だから……もっと感じて」
そのまま、準備室の床に押し倒される。
冷たい床の上、熱だけが交差する。
藤澤が自ら跨がり、若井の腰に乗る。
「あ、あぁ……っ!!」
激しく揺れる身体。
愛はない。ただ、寂しさを埋めるための行為。
「滉斗……最後に、いっぱい感じて……っ」
「っはぁ……っ…頭…おかし…く…なりそう…っ!」
「…はぁっ…滉斗、俺の中でイって…!」
最後の絶頂が、音楽準備室に響く。
「……涼ちゃん…涼ちゃん…っ…!」
「……滉斗っ……!」
名前を呼び合いながら果てた2人の瞳に、愛はなかった。
ただ、虚ろなまま抱き合う腕だけが、どこまでも優しかった。
**
音楽準備室の冷たい床の上、身体を繋げたまま、互いに息を荒げたまま沈黙する。
藤澤の指が、若井の髪をそっと撫でる。
「……最後に、こんなふうになるなんてね」
若井は返事をしない。
ただ、指先に触れた温もりを、心に刻み込もうとする。
藤澤が先に起き上がり、背を向ける。
着替えながら、ぽつりと――
「……じゃあね、若井先生」
若井もゆっくりと立ち上がる。
目を伏せながら。
「……お元気で、藤澤先生」
音もなく、静かに閉じられた準備室の扉。
もう二度と開かれることのないはずだった。
けれど――
あの扉は、数年後にふたたび開かれる。
運命の、再会とともに。
時が流れ、数年後。
若井が異動先の高校に初めて足を踏み入れたとき。
その職員室で彼を出迎えたのは、懐かしい笑顔を浮かべた、あの男だった。
「……やあ、若井先生。まさか、また会えるなんて」
「……藤澤先生……」
運命がいたずらに紡いだ再会。
忘れられるはずがなかった。
あの夜の声も、熱も、全部——その笑顔に隠れて、今もまだ息づいている。