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sideM
外に出る、というのは思っていたよりも大きなことだった。
玄関で靴を履くだけで、心臓がうるさくなる。
ドアノブに手をかけるだけで、あの日の“ノイズ”が頭の奥でざわつく。
「……大丈夫」
後ろから、涼架の声。
振り返ると、少し離れたところに立っている。
近すぎない距離。
でも、ちゃんとそこにいる距離。
「無理なら、今日はやめよ」
軽く言う。
昔の俺なら、その言葉に甘えていたと思う。
でも。
「……いや、行く」
自分で言った。
少しだけ、誇らしかった。
ドアを開ける。
光が差し込む。
――怖い。
でも、それだけじゃない。
一歩、外に出る。
それだけで、世界はちゃんと続いていた。
何も終わっていなかった。
「……外、普通だな」
思わず笑う。
涼も、少し笑った。
「うん、普通だよ」
⸻
最初は、コンビニまでだった。
次は、近くの公園。
その次は、昼の学校の前まで。
少しずつ。
本当に少しずつ。
戻っていった。
途中で、何度も立ち止まった。
怖くなって、帰りたくなった。
頭の中で、あの声が囁くこともあった。
「やめたほうがいい」
「また壊れるよ」
「ここまででいいじゃん」
でも、そのたびに。
「元貴」
現実の声が、呼び戻す。
「大丈夫?」
その一言で、踏みとどまれる。
完全に消えたわけじゃない。
でも。
もう、飲み込まれることはなかった。
⸻
ある日。
俺は一人で、学校の前に立っていた。
涼架はいない。
今日は「一人で行ってみる」と言ったから。
門の前。
懐かしいような、遠いような場所。
足が止まる。
怖い。
逃げたい。
――それでも。
俺は、深く息を吸った。
「……行ける」
小さく呟く。
誰に言うでもなく。
自分に。
一歩、踏み出す。
それだけで、胸の奥がじんわり熱くなる。
そのとき。
後ろから声がした。
「元貴?」
振り返る。
そこには、クラスメイトがいた。
驚いた顔。
でも。
次の瞬間、少し笑った。
「久しぶり」
その何気ない一言で。
世界が、ちゃんと繋がっていることを知った。
「……久しぶり」
自然に言葉が出た。
逃げなかった。
今はそれだけで、十分だった。
⸻
sideR
校門の少し離れた場所から、元貴を見ていた。
今日は来ないって言ってたのに。
結局、気になって来てしまった。
過保護かもしれない。
でも。
それでもいいと思ったから。
元貴が、門の前で立ち止まる。
やっぱり、怖いよね。
僕もそうだった。
逃げたくなるよね。
――でも。
元貴は、止まったままじゃなかった。
一歩、踏み出した。
その瞬間。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
嬉しくて。
安心して。
少しだけ、泣きそうになる。
「……ほんとに、行った」
思わず笑う。
もう、大丈夫だ。
全部じゃなくても。
一人で歩ける。
それがわかるだけで、十分だった。
⸻
sideM
放課後。
校門の外で、涼が待っていた。
「見てた?」
聞くと、少し気まずそうに笑う。
「ちょっとだけ」
「絶対ずっと見てたろ」
「バレた?」
くだらないやり取り。
でも、それが嬉しかった。
「……ありがとな」
ちゃんと、言葉にする。
涼架は少し驚いて、それから優しく笑った。
「どういたしまして」
少し間が空く。
風が吹く。
夕方の光が、やけにきれいだった。
「でもさ」
涼架が言う。
「ここまで来れたの、元貴が頑張ったから…だからね」
「……まあな」
ちょっとだけ強がる。
でも、それも悪くない。
⸻
帰り道。
ふと、空を見上げる。
前は、下ばかり見ていた気がする。
ノイズも、幻も。
完全に消えたわけじゃない。
たまに、思い出す。
でも。
もう、怖くない。
それは“自分の中の声”だと知っているから。
そして。
それとは別に、ちゃんと現実の声があるから。
「元貴ー、置いてくよ」
前を歩く涼が振り返る。
「待てって」
少し早足で追いつく。
並んで歩く。
それだけのことが、こんなにも自然で。
こんなにも大切だったなんて、前は知らなかった。
⸻
人は一人では生きられない。
でも。
誰かに寄りかかるだけでも、きっと違う。
一緒に歩くことができる。
それだけで、十分なんだと思う。
⸻
もう、ドアの向こうに閉じこもることはない。
もしまた立ち止まっても。
今度は、自分で開けられる。
その先に、誰かがいると知っているから。
そして。
――自分も、誰かのドアの外に立てるかもしれないから。