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雪之丞の居た部屋を出て長い廊下を歩いていると、コンビニ袋をぶら下げた弓弦が反対側から歩いて来るのが見えた。
「おはようございます。珍しいですね、蓮さんこんな早くに」
「あぁ。雪之丞にちょっと用事があってさ」
「棗さんに? ……そう、ですか」
そう言って、弓弦は視線を彷徨わせて口籠る。
「どうかしたのかい? もしかして僕が来ちゃマズかったかな」
「いえ、そんな事は無いです……。ただ、珍しいなと思っただけですよ。では」
それだけ告げると、弓弦は足早に雪之丞のいる部屋へと向かって行った。
「珍しいって。そんなに、かな」
まぁ、ここ最近は特に仕事のこと以外では接しないようにしていたし、グラフィックの事なんて自分にはわからないから近寄らないようにはしていたけれど。
逆に、彼はそんなに足しげくあそこに通っているのだろうか? そう言えば、いつもの取り巻き二人組が居なかった。
朝は別行動なのか? そんな事を考えながら、荷物を置きに向かっていると丁度、東海と美月が二人並んでこちらに歩いて来ているのが視界に入った。
「おはよう。二人共早いね」
「……アンタがいつも遅いだけじゃん? 今日は随分早いみたいだけど。台風か地震でも来るかな」
相変わらず口の減らない東海に、引きつり笑いで返し、美月の方をチラリとみる。
「そう言えばさっき、草薙君に会ったけど、一緒に行かなくて良かったのかい?」
「あぁ、ゆきりんの所でしょう? ゆきりん最近ずっと詰め込んでるみたいだから……」
「最近は毎朝、説教食らわせに行ってるよね。あんま効果ないみたいだけど」
「説教……」
弓弦が雪之丞を叱っている図が中々想像出来ず、首を傾げると、二人は顔を見合わせて呆れた様に溜息を吐いた。
「説教って言うのはちょっと語弊があるかもしれないけど、ゆづはゆづなりに心配してるのよ」
「心配、ねぇ。『また徹夜してんですか? あまり根詰めると体調を崩しますよと何回言ったらわかるんですか!? ちょっと! 笑って誤魔化さないで下さいっ!』って、この間めっちゃ怒ってたけどな」
「……それは、確かにお小言だね」
東海の物真似がとてもよく似ていたので、どんな雰囲気なのかが想像できてしまい思わず苦笑してしまう。
「まぁ、ゆづは誰に対してもそんな感じなんだけど」
「棗さんは、自分の事に無頓着過ぎるんだよ。何でそんなに追い詰めてるのかわからないけどさ。少し前に聞いた時は、何もしてないと辛い事思い出しちゃうからって言ってたけど……」
「……」
彼のあの時の表情を思い出すと、胸の奥にモヤっとしたものが広がる。
雪之丞の目の下にクマが出来ていた事には気付いてはいたが、まさかそんな無茶をしていただなんて。
(やっぱり、僕のせい……だよな……)
自分の伝え方が拙かったのだろうか? もっと上手くフォロー出来る方法は無かった?
あの時は、アレが最善だと思っていたけれど本当はもっといい方法があったんじゃないだろうか?
「ま、ゆきりんの事はゆづが何とかしてくれると思う。 何のことかわからないけど、ゆきりんには時間が必要だとかなんとかゆづが言ってたし」
「そっか。時間か……」
失恋の痛みを忘れるには、新しい恋が一番だと良く聞くが、それが一番難しい。忘れようと思っても、ふとした瞬間に蘇り、その度に心を締め付ける。
それは……。その感情だけは、よく覚えている。
「ふぁあ……。おはよー。って、何やってんの?みんなしてこんなとこに集まって……?」
呑気な声がして、振り返る。あくびをしながら現れたのは、ずっと待っていた人物で。
蓮は、思わず駆け寄り抱きしめたくなる衝動を抑え、いつも通りに声をかけた。
「おはよう、ナギ。寝ぐせ付いてるよ」
「えー? うそっ、どこ?」
「ほっぺ。右の方」
「……いやいや、そんなとこに寝ぐせなんて付くわけないじゃん!」
蓮の指摘に、ナギが何言ってるんだよと言わんばかりに苦笑する。その表情を見ていると、裏で起きている色々な事すらどうでもよく思えて、そっと手を伸ばし右の頬に掛かる髪を耳に掛ける。
「ホントだって。僕が嘘吐いたことあるかい?」
柔らかい髪を撫でながら微笑むと、ナギは一瞬目を丸くしたがすぐにへにゃりと顔を崩した。
「……やだ、なんだか見ちゃいけないもの見た気がする」
「オ、オレっ先に着替えてこよーっと」
「…………」
いつの間にか戻って来ていた弓弦を含む三人は、まるで示し合わせたかのようにその場を離れて行く。