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大学の講義後、駅へと向かう。
本当は家に帰りたいところだが、生憎今日はバイトがあるから帰れない。
少し歩いて着いたのは駅前のビルの半地下にある隠れ家的なバー。
ここが俺が少し前から勤めているバイト先だ。
躓かないように気をつけながら、少し暗い地下への階段を下る。
「はぁ…」
思ったより大きなため息が出た。
やっぱりのこのバイトは俺を憂鬱な気分にさせる。
別にこのバイトが嫌なわけじゃない。
店長だって優しいし、時給も高いし、割と好条件なバイトだと思う。
俺が嫌なのはバイトじゃない…
ガチャ
(うげ…)
ドアを開けるなり目に入ったのは、カウンターでグラスを拭いていた男。
そう、俺が嫌なのはバイトじゃない…
俺が嫌なのは…
「こ、こんばんは…」
「…」
この男。スマイルさんだ。
(今日はスマイルさんと2人っきりか…)
誰もいない、こじんまりとしたスタッフルーム。
制服に着替えながら、壁に貼られたシフト表を見てため息を吐く。
…スマイルさんは1つ上の先輩で、俺より前からこの店でバイトをしている。
俺はこの人のことが苦手だった。
スマイルさんは、細身ですらっとしていてバーテンダーの服がよく似合う。おまけに顔はムカつくぐらい良い。
顔は宝石みたいに整ってるスマイルさんだが、性格は死ぬほど歪んでる。
挨拶をしても返さない、笑わない、愛想のない。
極め付けは重度の哲学好き。
性格のどこを切り取っても俺が苦手なタイプだ。
だから見た目だけで言うと女にモテる要素しかないこの人が、俺はめちゃくちゃ苦手だった。
(はぁ…)
制服に着替え、心の中でため息をつきながらドアを開けるとスマイルさんは変わらずグラスを拭いていた。
「きんとき、レジの両替。」
「…ハイ。」
スマイルさんは視線もよこさず、左手でレジを指差す。
…このぶっきらぼうな物言いも嫌いだ。
いくら俺が年下とは言え、それが人に頼む態度か。
イライラを抱えながら、レジへと向かう。
こんな哲学男と仕事をするのは気が乗らないが、サークルの飲み会が多すぎて金がないので背に腹はかえられない。
店長にシフトを増やしてくれとお願いしたのは俺だし、我慢して仕事をしよう。
そう決めて沈黙が続く店の中、着々と開店の準備を進めていった。
店も閉店時間に差し掛かった頃。
「…?」
カウンターの奥でグラスを洗っていると、女の人たちの声が耳に入った。
目線だけ声のした方に向けると、若い女性たちがスマイルさんに絡んでいた。
酔っ払っているのか、女性たちの頬は赤い。
(はぁ…)
この店の利用客は若い女性が多く、店員は男がほとんどのため、酔ってこちらに絡んでくる客も少なくない。
だから、こんな状況も珍しくはないのだが…
「ねぇねぇ君かわいいね、いくつ?」
「え、いや…」
「大学生?この辺住んでるの?」
「はぁ…」
スマイルさんは慣れてないのか歯切れの悪い返答しか出せておらず、女性たちのペースに呑み込まれそうになっていた。
「一緒に飲む?奢っちゃう。」
「あ、いや…」
…しょうがない、助けに行ってやるか。
「すみません、どうかなさいましたか?」
「きんとき…」
俺が声をかけても、女性たちは変わらずスマイルさんの袖を掴みながら飲みに誘っている。
全く、この男のどこがいいんだ。
いくら顔が良くたって、中身は哲学好きの変人だぞ。
「この人、いい顔してますよね。女性のお客様から大人気なんですよ。」
「やっぱり?分かる〜」
「…でもこの人、めっちゃ酒癖悪いんでやめた方がいいですよ。」
「え、そうなの?」
「はい、この間なんか酔って壁にグラス投げつけ始めたんで。」
「え…?」
「マジ?」
ドン引く女性たちにマジです、と笑って返す。
食い下がるようだったら他にも何か言おうと思ったが、女性たちが諦めたので俺たちも仕事に戻った。
「…別にグラス投げつけたことなんて無いが?」
「はい?」
閉店時間になり、店の清掃をしているとテーブルを拭いていたスマイルさんがボソッとそう言ったのが聞こえた。
「あーすんません、次はもっとマシな言い訳考えときます。」
テキトーに返しながらほうきで床を掃く。
集めたゴミを塵取りへ乗せていると、背後から声がした。
「…いやでも、助かった。…感謝する。」
「!」
(え…?)
聞こえてきたのは確かに感謝の言葉で、その言葉に動きを止める。
振り返ると、スマイルさんは変わらずテーブルを拭いていた。
…あのスマイルさんがお礼を言うなんて珍しい。
きっと明日は雪が降るのだろう。
「ていうかアナタ、顔が良いんだからハッキリ断っとかないとつけ込まれますよ。」
「え…」
スマイルさんに動揺させられるのがなんか癪で、そう言い返す。
俺の言葉に、今度はスマイルさんが動きを止めた。
「…?」
不思議に思ってスマイルさんの方を見ると、少し驚いたような顔をしながら此方を見ていた。
…なんか変なことでも言ったか?
「…きんときは、」
「?」
「俺の顔がその…カッコいいと、思うのか…?」
「はぁ…?」
スマイルさんが遠慮がちに言ったその言葉。
俺を見る目は真剣で、ふざけて聞いていないことはすぐに分かった。
何言ってんだ、この人。
新手の嫌味か?
「そりゃ思うでしょ。」
悔しいけど、この人の顔は大体の人がかっこいいと思うだろう。
わざわざそんなことを確認してくるなんて、俺への当てつけだろうか。
「…そうか。」
スマイルさんはそう言うと、再びテーブルに視線を戻す。
「…?」
いつもより変わった様子のスマイルさんに疑問を抱きながらも、俺は閉店準備を進めた。
「「かんぱーい!」」
バイトに追われるうちにあっという間に1週間が終わった。
今日はサークルの新歓が行われる日だ。
このサークルはBroooock目当てで入っただけの、特に活動もないただの飲みサーだから、新歓と言っても堅苦しいものじゃない。
ただ1年生を交えて、いつも通り飲むだけ。
Broooockの方を見ると、早くも1年生の女の子に話しかけにいっていた。
まぁ予想はしてたから、見ないふりをして烏龍茶を口に運ぶ。
「あれ、1年ひとりいなくない?」
「あー、なんか遅れてくるってー」
適当に会話に混ざりながら、Broooockの様子を伺う。
Broooockの隣に座る女の子は、カシオレを両手で持ちながら頬を染め、嬉しそうにBroooockと話す。
女の子がBroooockを見る潤んだ瞳は、恋してる女の子のそれだった。
Broooockが女の子に耳打ちをして、それに女の子が笑って…
…なんか、楽しそう。
(いいな…)
俺も女の子だったらな…
Broooockに見てもらえるのに。
…あー、やばい。なんか泣きそう。
「…ごめん、ちょっとトイレ。」
トイレの鏡に映る自分の顔は信じられないほど悪かった。
(情けな…)
俺が選んだ道なのに、何泣きそうになってんだよ。
憂鬱な自分の気分を払うように、頬を手のひらでパチンと叩く。
表情に出しちゃダメだ。
Broooockにこんな気持ち知られたら、捨てられるに決まってる。
…大丈夫。俺なら隠せる。
ポーカーフェイスなら得意な方だろ。
ガチャ
気持ちを切り替え、トイレを出る。
なるべくBroooockの方は見ずに乗り切れば…
そう思いながら、角を曲がったとき。
「わっ…」
「うぉ…!」
ちょうど角を出てきた人とぶつかった。
「あ、すんません。」
「え…」
慌てて俺も謝ろうとしたら、聞き慣れた声が聞こえた。
驚いて、ぶつかった相手を見る。
「あ…?」
相手も俺に気づいたのか、鋭い目が大きく見開かれていった。
「え、えっと…」
「…ここで何してんの。」
珍しい緑髪に、三白眼の鋭い目。
口の端から覗く鋭い歯。
…俺がぶつかった相手はシャケだった。
「シャケだよね…!久しぶり!」
まさかこんなところで会えるなんて…
こんな珍しいことがあるのかと思わず頬が緩む。
「…きんときも飲み来たの?」
「うん、サークルの新歓があって。」
「え…」
「?」
俺の言葉に固まるシャケに、俺も首を傾げる。
「え、なに?」
俺がそう聞くと、シャケは気まずそうに視線を逸らした。
「俺も、新歓…」
「え…?」
え、うそ…
もしかして…
「ま、まって!シャケの大学って…」
「……和井手大学。」
「え…そ、その大学って◯◯駅近くの…?」
俺の言葉にシャケは遠慮がちに小さく頷いた。
遅れてくるもう1人の1年って…
もしかして、シャケのこと…?